炎上
 この世界で未熟な身体を持て余していた時期に、一度だけ『世界転生機構』の男が暇つぶしのように現れた。相も変わらずイヤミなほどに趣味の良いスーツを紳士的に着こなし、こちらの苦労など歯牙にも掛けない慇懃無礼。飄々とした態度に苛つきながらも根気よく(しつこいともいう)転生させられた理由を訊ねると、今までの口の堅さは何だったのかと思うほど、さらりと何でもないように言うのだ。
『あなたのいた世界は強いファンタジーを抱える人間が多過ぎるので、こうやって別の世界に分散させないと世界の容量が不足して壊れてしまうのです。強いファンタジーを抱え容量を大幅に食う人間を、別の、容量にまだ空きがある世界に移しているのです。――かく言う我々も、あなた方のファンタジーによって許容された曖昧な存在にすぎません』
 何ともスケールのデカい不可解な原因と理由だった。

「――考え事とは、随分と余裕だな」

 そう言えば修行中だったんだよね。重厚感のある声質は耳が妊娠しそうなほど素敵なのに、瞼を開ければ目の前には表情の読めない堅い面で顔を覗き込んで来るマダラさまがいた。
 あ、マダラさまのヤンキー座りとかマジ貴重じゃね? などと現実逃避をしている場合ではない。
「……何かこう、もっと必殺技っぽいのないんですか?」
 考えていた内容が内容なので、それっぽい話題とすり替えてみる。
「忍は曲芸師ではない。手裏剣もまともに当てられない奴が、たわけたことを言うな」
 マダラさまに修行を見て貰うようになったのはいいが、なんつーか、こう、劇的な進化が一切認められないのは何故なのだろう? 進歩がなさ過ぎて、終いには基礎中の基礎である木の葉っぱを頭に載せた瞑想からやるはめになってしまった。……こんな精神鍛錬、今時アカデミー生でもやらないYO!
「ねえ、これ何の意味があるの?」
「いいから黙ってやれ」
 ……なんだよ、教えてくれたっていいじゃないかマダラさまのケチ! 大体、集中って何よ? ネットやってたときに時間が短く感じられたのは集中? ……没頭?
「雑念が多いな」
「ひぃっ!」
 耳元で鳴った風切り音に驚いて振り返ると、少し遠くの地面に黒く鈍く光るクナイが突き刺さっていた。頬に感じたむず痒さに手をやると、違和感の正体は出血するかしないかの薄皮一枚だけ切られた絶妙な深さの切り傷だった。
「次巫山戯たら……分かってるな?」
 赤べこのようにひたすら頭を上下に振ってこの場は何とか収めたのだが……マダラさま滅茶苦茶こえぇー!!

「……お前本当にうちはの人間か?」
「面目ないです」
 うーん……なんつーか、マダラさまの指導方法は間違ってないのよね。多分私が生粋のこの世界の人間じゃないから、身体エネルギーがどうのとか精神エネルギーがどうのとかいった、生粋のこの世界の人間向けの指導方法が向いてないんだと思うの。ヒントは機構の男が言っていた『ファンタジー』。要するにそのファンタジーを制するのって、
「プラシーボ効果?」
「偽薬がどうかしたか?」
 口に出していたらしく、マダラさまが投げる寸前といった感じのクナイを片手で手すさびしていた。あっぶねー、声に出してなけりゃ今頃お陀仏だよ!
「あのね、マダラさま。ちょっとやってみたいことがあるんだけど良い?」
 マダラさまは黙ったままクナイを袖口に仕舞い、腕を組んでじっと私を見ている。無言は了承ってことでいいんだよね?
 ファンタジーを制するってことがプラシーボ効果なら、要するに、想像して、感じて、出来ると思って、あとはヤるだけ。そういうことっしょ?
 バババッと印を切ると、修業場のすぐそばにある小さな池に向かって火を吹き出した。そう、吹き出した。吹き出したはいいのだが、いいのだが……。
「「……」」
 個人的にはちょっと大きいガスバーナーくらいの火力を想像していいたのだが、私が吐き出した炎は大蛇の如く池面を這うと向う岸まで渡り着き、地面に群生する草花を喰らい尽し、青々と茂る木々を舐めまわし、絶賛山火事に展開中です。
「ちょ、マっ、どっ、どうしよう……!」
 どうにかしてよとマダラさまの服の裾を引っ張りながらダラダラと冷や汗をかいて、アホみたいに燃え盛る森の光景をひたすら指差す事しか出来ない。それなのにマダラさまときたら、
「自分の後始末くらい自分でやれ。……オレは知らん」
 と言い残して、渦巻くように空間が歪み一人で姿を消してしまった。掴んでいたはずのマダラさまの服の裾は当然のことながらいつの間にか手からすり抜けていた。
 ――あのやろっ、逃げやがったな!
 取り残された私はどうにかこうにか火を消し止め(苦し紛れに切った水遁系の印が有効で、私はこの時初めて自分が水の性質変化も持っていることを知った)、季節外れの謎の山火事に騒ぐ大人たちに冷や汗をかきながら騒動が収まるまで私は眠れぬ夜を過ごしたのだった。


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