Evergarden
 砂漠のただ中とは思えないほど、濃い緑の匂いが満ちている。
 事実上、我愛羅のプライベートガーデンになっているこの温室は、植物が生育するのに適した環境が人工的に再現されており、様々な種類の蝶がわが世の春を謳歌するように温室内を舞っていた。
 ナルトも他の温室に足を踏み入れたことがあるが、それらと比べても植物の種類や植え方などやたら気合が入っているような気がするのも気のせいではなくて、我愛羅――里長のために整えられているのだと容易に想像できる。
 この温室は我愛羅が思っている以上に、我愛羅の為に存在していた。

 温室の中央に敷かれた青々と美しい芝生の上にナルトと我愛羅はいた。
 ナルトは脚の間に我愛羅を座らせると腕を回し、華奢な身体を抱き締めて満足そうにその抱き心地を堪能していた。
 花や果実とは違う、微かに甘いような、どこか懐かしいような、そんな柔らかく心地よい香りが腕の中の我愛羅からするのだ。
 我愛羅は気恥ずかしいのか腕の中から逃れようと身じろぎし、照れと少しばかりの呆れが混ざった声音で「何がしたいんだお前は」と、言うが、耳元に鼻先をうずめたナルトが切なそうに「我愛羅と一緒にいたいんだってばよ。折角久し振りに会えたのに、全然二人きりになれねーんだもん……」とのたまうので、その応えに心当たりがあったのか、抜け出すのは困難だと観念したのか、我愛羅は大人しくナルトにされるがままになった。
 温室を見たいと言ったのだって我愛羅と二人きりになる口実だったのに、額面通りに受け取るなんて鈍感にも程がある。
「……寂しかったのか?」
 我愛羅が凭れかかる。顔が見えないので表情は窺えなかったが、きっとからかいを含んでいるのだろうと想像できた。
「……うるせーってばよ」
 首筋に顔をうずめれば一層濃く感じる匂い。
 同じ人間なのに何故こんなにも良い匂いがするのだろう。舐めたら砂糖や蜂蜜のように甘い味がするのではなかろうかと、ぺろっと軽く出した舌で肌を舐めた、瞬間。素早く身を返した我愛羅にガッと顎を鷲掴まれて明後日の方向へ思いっきり押しやられた。ぐぎっと頸椎から嫌な音がした。
「ひでぇ……」首を押さえて涙目で訴える。
「っ、お前が急におかしなことをするからだろ!」
「けっ、どうせ二人っきりになりたかったのはオレばっかで、我愛羅にはどうでもいいことだったんだってばよ」
「そんなことは! ……すまない……つい反射的に……」
 我愛羅から顔を背けるように横向きになり、膝を抱えて丸まってナルトはいじけてしまう。
「ナルト、機嫌を直してくれないか」
 揺すってみても、つーんとさらにそっぽを向かれ、取り付く島もない。
「……どうしたら許してくれるんだ?」
「お前からキスしてくれたら直るかもなー」
 ナルトは冗談のつもりだったのに、一瞬目を瞠った我愛羅が予想外に顔を近づけてきた。
 基本我愛羅は常に受け身で、自分から何かをすることはあまりない。下手にがっつくと容赦なく砂が襲いかかってくることもあった。
 そんな我愛羅が自ら近付いて来る――少しばかりの感激を覚えない訳にはいかないだろう。
 さらりと流れた赤い髪を耳にかける仕草が色っぽくて、初めて唇を重ね合わせた時と同じくらい心臓がうるさかった。
 今こうしている瞬間も我愛羅を好きだと、愛しく想う感情が溢れて息ができなくなりそうだった。
「――……」
 気が付いたら唇に柔らかいものが触れた後で、あまつさえ離れた後で、ナルトは無意識のうちに我愛羅のうなじに手を差し入れて引き寄せ、唇を重ねていた。
 我愛羅の淡々とした表情が、次の瞬間にも険しくなるさまを想像し、衝動に突き動かされて唇を奪ってしまったことに、内心で冷や汗をかきながら硬直する。
 やば、怒られるかも……。
 そんなことを考えていたがそれは杞憂に終わり、返ってきたのは「機嫌は直ったのか?」と、ごく普通の言葉だった。
「え、あ、まぁ……」
 あれ、怒ってない。怒られたかった訳ではないが、少しばかり肩透かしを食らったような気分になった。
「そうか、じゃあ――」
 もう一度。と、言葉にはしていないが我愛羅の瞳がそうナルトに伝える。そこには、ひどく愛おしいものでも見るような表情の我愛羅がいて、正直驚かずにはいられなかった。
 向かい合うように体を起こして、我愛羅の腕に手を添た。今度は意識的に唇を寄せていく。
 大した距離ではないのに、先程とは違い触れるまでが長く感じられ、鼓動が速まり脳味噌が茹だってしまいそうだ。
 あともう少しで触れる――そんな時、温室のガラス戸を叩く音に比喩でも何でもなく飛び上がった。
「風影様、失礼しま――」
 書類を手に温室に入ってきた忍が目にしたのは、芝生に向かい合わせに座る男女の姿だった。
 咄嗟に離れてはいたものの、二人の距離感に今まで何をしていたのか悟ったようで、扉に手を掛けたままぎょっとした表情でフリーズしている。
 我愛羅は軽く息を吐くと、この状況を取り繕おうともせず慌てた様子もなく手で下がれと忍に合図した。
「し、失礼しましたっ!!」
 頬を染めつつも真っ青という器用な顔色でそそくさと忍が去り、温室の中は地下水を引いた小さな噴水の控えめな水音だけになった。
「……見られたな」
 しばしの沈黙の後、我愛羅が言う。
 里長という立場があるからか、我愛羅はナルトとの関係を隠してはいないが表だって言うこともない。
「やっぱまずかったか……?」
 気まずそうに頬をかくナルトの心配をよそに、我愛羅はナルトの首に腕を回すようにして抱きつきながら押し倒す。
 見られたことも何も気にしていないのか、ナルトを見つめる翡翠色の瞳には、いくら探しても羞恥や照れの類が一切見て取れない。
 こぼれ落ちてくるように我愛羅の髪が耳にかかり、ぞわ、と背筋が震えた。
「仕事中なら流石にまずいが、今は休憩中だ。好きにさせてもらうさ」
「……我愛羅って、時々大胆だよなぁ」
「そうか?」
 欲が鎌首をもたげてしまわないように、真昼間からこんなところではダメなんだと、ナルトは強く己を制することになる。




「愛してる」の意味を知りたいアニメとはなんの関係もないです。タイトルが、思いつかなくて……。


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