01
 誰かの腕の中から見た女の人は、こちらが泣きたくなるほどの笑顔だった。愛しそうに、悲しそうに、私を見ている。
 ぼやけた視界の中でもそこだけは何故かハッキリと見え、それが『母親』と言う生き物なのだと、私は後になって気が付いた。

 あっという間に数年が過ぎた。
 何が一番辛かったかと言うと、下の世話をされる事でも、不味い粉ミルクと離乳食に耐える事でも、自由の利かない幼い身体に苛々する事でも、守鶴の副作用で不眠症になる事でもなく、夜泣きだった。
 幼い姉兄達が夜な夜な母を求めて泣き叫ぶのだ。
 母さまはどこ? と。
 テマリは大抵すぐに泣き疲れて眠ってしまうのに、カンクロウは夜驚症かってくらい泣いていて、世話係が深夜に連れ出したまま朝方まで戻ってこない、なんて事はしょっちゅうだった。
 耳を塞いでも聞こえてくる頭に残った泣き声が、ふとした瞬間に意識に割り込んできては心を掻き乱す。
「お前の所為で母さまが死んだ」「お前なんかいなければ」「お前が母さまを殺したんだ!」
 幼子の言葉になっていない泣き声でも、そう言われているように聞こえるのは自責の念があるからか……。
 とことん私は『母親』と言う存在に縁がないらしい。

「我愛羅様、今日は砂嵐も来ませんし乾燥注意報も出てないんですよ。たまには外に出ませんか」
 窓枠に手をついて外を見ていた世話係が私の方を向いて言う。叔父にあたる医療班の中忍で、その名を夜叉丸と言った。
「……嫌だ。私がいたら他の子達が怖がって遊べないだろう」
 何て言うのは建て前で、只単に外に出たくないだけだ。ソファーに寝そべり、口がπ(パイ)の形に似たクマのぬいぐるみをクッション代わりに抱え込み、書庫から拝借してきた堅っ苦しいのから胡散臭い本まで無節操に優雅な読書タイムだ。
「本ばかり読んでいてはダメです! 昨日だって遅くまで……」
 文字を追い聴覚が意識の外に追い出され始めた矢先、視界に侵入してきた手が本をむんずと掴み取り上げた。
 ああ、本が……。
 取り上げられた本を目で追い、取り戻そうと手を伸ばすが空を切る。
 夜叉丸がにっこりと笑顔で仁王立ちになったら要注意だ。話の腰を上手く折らなければ小一時間はお説教タイムになる。
 先手とばかりに「けちんぼ」と唇を尖らせて不満を表す。
 ――大丈夫。『私』がやってもキモいだけだが、『彼』と瓜二つのこの顔は滅茶苦茶キュートな美幼女だ、問題ない。
「一体どこでそんな言葉覚えてくるんですか……」
 眉間に人差し指をあてて呆れている夜叉丸は、笑えるくらい実に献身的だ。
 栄養バランスを考えた手料理を並べ、生活が乱れようものならすかさずチェックが入り、「あんた暇なの? 任務無いの? ああごめん。私のデータ収集が任務なんだっけ?」状態。
 今だってここ一週間引きこもって書庫と修練室の往復をしている私を気遣って外に連れ出そうとしている(まぁ、本当に気遣ってるかどうかは知らないが)。
 人間とは本当に怖い生き物で、憎む相手に平気で笑顔を向けるのだ。何でもないよーって顔をして、ふとした瞬間に凍てつくような冷たい表情になっているに違いない。
 やだねー、おお怖。でも私は騙されない。残念でした、ご苦労様。
 あんな思いをするのは、一度で沢山だ。
 その時、土踏まずまで床に着けて走ってんじゃないかと思うくらいバタバタ煩い足音と共に、知った気配がこの部屋に近づいてきた。
 こんなに近くに来るまで気づかないなんて、本に没頭するのも考え物だな……。
 私は小さく舌打ちすると窓を開け放ち、砂に飛び乗って屋外に出る。
「ちょ、我愛羅様!?」
 夜叉丸の制止の声なんて聞こえませーん。


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