リク | ナノ
 19と狐とGの話



水野が洗濯物を畳んでいて視界にとらえた黒い影、それがことの発端だった

居た、確実に居た…

確信を持って立ち上がる
日頃部屋は清潔に保っているが、ここは使い古された団地の一室、年季が入っており、どこからあの黒光りしたものが紛れ込んでも可笑しくはない
若干の緊張を帯びて、いつになく無表情で立ち上がる水野に、アカギの視線がいく
横になるアカギの背面の壁にかかるカーテンにあれは確かに隠れた

ちゃぶ台に乗っていた新聞紙を手にアカギに目配せをする
新聞紙を丸めている水野を見て意図を理解したアカギも徐に立ち上がった
いつになく真剣な表情で頷く様は事の重大さをよくわかっている様子だ
水野に目だけ廊下へ向かわせて合図をすると自分も玄関のポストに入っている今日の夕刊を手にするべく居間を後にする
足音は消し、扉からの逃走に細心の注意を払って迅速に


待つべきだろうか
いや、私一人でも十分にやれる


アカギの帰還を待たずして、水野はカーテンを勢いよく捲り上げた
奴の姿は無い…どこに?
辺りを見回そうとした矢先、その暴力的な悍ましさが今まさにめくり上げたカーテンの裏、水野の掌を目指して登っているところを目撃する


「…っ」


ぎょっとして手を放し、すぐさま打撃するが柔らかいカーテンで新聞紙が思うように当たらず、ゴキブリは地に落ちた
丸見えの地面に落ちてしまえばこちらのもの
新聞紙を容赦なく振り下ろす
今度は座蒲団に隠れたので捲り上げて、出てきたところを狙う
あと僅かというところで、ゴミ箱へ奴は逃げ込み安堵していることだろうが容赦はしない
場所は割れているので瞬時に空いた手でゴミ箱を持ち上げ、一気に狙い打つ
打ち下ろされた新聞紙の先で黒い塊が爆ぜた
彼らの生命力の強さは熟知しているので、何度も同じ場所を打ち、原型も留めぬほどにしてしまう
隠れた場所のものを退け、追い詰め、無慈悲に新聞紙を振るう様は彼らにとって殺人マシーンに他ならない
さて、これで安心
台所のちりとりで、死骸を拾っていると
廊下で新聞紙の小気味良い音が聞こえた

まさか

そう思い、水野が廊下へ向かう扉を開くとすぐさまアカギの声が聞こえた


「開けるな…!」


既に遅かった
わずかに開いた隙間から黒い影が迫っていた
身構える水野よりもアカギが新聞紙を振り下ろす方が早かった
ゴキブリは背後から狙われなす術もなく潰された
気持ちの悪い液体が少々床に染み付く


「…もう一匹居たんですね」

「そうらしい。あんた虫は平気なんだね」

「そうでなければ、あんな田舎で生きていかれませんよ」

「それもそうか」


水野の住んでいた別荘もこの前の家も回りは静かで、植物が多かった
自然の多い分、虫も多い


「奴さんも大変ですね」

「腹が減った」

「あれ潰したあとでよく食欲が沸きますね…」


事はここで終局をしたように思われた
二人の雑談を隣のベランダの大きな悲鳴が切り裂いた
何事かと水野が思い寝室の窓を開けて、隣を確認をしたのが不味かった
外の壁を伝ってぞろぞろ隣の空いた窓にゴキブリの一群が入り込んでいった
何が起こっている…?
そのあり得ない光景が水野の視野を狭めていた
自分達の窓の回りにも無数のゴキブリがいるではないか
気がついた頃にはもう遅かった
壁をそのまま無視するものも沢山のいたが、それでも多くが侵入してくる
窓枠についたゴキブリに触れないよう勢いよく閉めると一匹下に落下した
幸い手には当たらなかったが、水野は耐えきれなくなって駆け出した


「アカギさん…! 居間の窓を閉めてください」


水野の尋常ならざる様子に直ぐにアカギが対応しようとするが手遅れだった
カーテンを開けるまでもなく、太陽光で無数の影が布にシルエットを作っている
これではいくらアカギでも閉められない

こうなっては退路を考えなくてはならない
合流した水野が直ぐ様アカギの手をとって廊下へ駆け込むと、外でも悲鳴が聞こえた
今出るのが果たして得策なのか
水野が躊躇をした一瞬で、今度はアカギが手を引いた
玄関へ向かわずに風呂場へ
風呂の窓は基本的に締め切っているので現段階での奴等の侵入は考えられない
風呂に入ると直ぐに扉を閉め、中にあるタオルで扉の下の隙間を塞いだ
これで一安心である

風呂場は換気扇を回してあったから、乾いている
暫くはここから動けないので、水野は水の張っていない浴槽の中へ腰を落ち着けた
アカギもそれに習い向かいに座る


「…」

「…」


なんとも奇妙な光景である


「…外から壁づたいに大群が押し寄せて来ていました」

「なんだそれは」

「わかりません」


そうこうしている間にも隣では悲鳴と激しく動き回る音が聞こえる
被害は甚大な様だ

アカギからすると、風呂に閉じ籠るほどの事態は起こっていないのだが、状況を面白がって水野に付き合っていた
原因は後に二件隣の家が大変な愛好家でそこからの脱走だと判明するのだが、二時間後に風呂を出るまで二人はそれを知らない





1000hit企画でのリクエストありがとうございました。
ご要望にお応え出来ているのか謎ですが、お納めください。
連載にはないギャグテイストのお話がかけて楽しかったです(笑)
改めましてリクエスト、ありがとうございました。

真白





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