3




「水野さん」

揺り動かされて、目が覚める
相変わらずの無表情でアカギが自分を見下ろしていた


「なんだ、死んだのかと思った」

「死にゃしませんよ」

「具合が悪そうですね。熱?」


そういいながら、額に手を差し入れてくる
アカギはぴんぴんしていた、なんと恨めしい


「二日酔いとの合併症で地獄を見ています」

「ククッ…」

「あーたより年寄りなんです。ちょっとは労ってください」

「年寄りね、良く言うぜ」


アカギは立ち上がると、濡れタオルと水を手に戻ってきた


「はい」


タオルを手渡されたので、顔や頚筋の汗を拭う
幾分かすっきりはしたが、体が重い
今何時なのだろう


「下の受付で解熱剤を貰ってきて頂いてもいいですか…。」

「わかった。ダルくてもなんか食べた方がいいんじゃない?」

「そうですね、女将さん優しいですから、言えば何か作ってくれるかもしれません」


そういうと、素直に廊下へ出ていった

何時になく親切なアカギに面食らう
お礼に勝負でもしろと言われたらたまったものではない
今日は一日部屋にいることになるだろうから、目をつけられたら避けようが無い
時計の針は13時を指している
アカギはこの時間まで眠っていたのだろうか


うつらうつらしているとアカギが帰ってきた


「卵粥、作ってくれた」


はい、と側に置かれたのでなんとか体を起こして食べる
全く食欲が無いので、無理矢理胃に収め、薬を水と一緒に流し込む
その間アカギは側でじっと水野を見ていた
朝、顔を洗って髪を軽く結ったくらいしか身支度をしていないこともあって、居心地が悪い
全てを見透かす瞳は元来苦手だ

なんとか自分から気を逸らしたくて、水野はアカギに話しかける


「…アカギさんは、手品は興味ありますか」

「手品?」

「こういったような。」


側にあるボストンバッグ中から財布を取りだし、硬貨を見せる
きゅっと握りこんでアカギに見せるように開くと手の内の硬貨が無くなっている


「……もう一回。」


朦朧とした頭でもう一度同じものを見せる
熱のせいで精度が下がっている


「…もう一回」


見せすぎるとアカギの慧眼ではわかってしまうが、あまりに興味津々だったのでもう一度だけ見せる


「ああ、袖に隠したでしょう」

「そうです。では、湯のみを三つ持ってきてください」


行儀が悪いが湯呑み三つの口を伏せて置く
そのうちの一つに硬貨を隠して混ぜる


「どこにあるでしょう」

「ここ」


迷わずに示された湯呑みを開けると硬貨がある


「まだ序の口です。続いてこれは?」

「ここ」

「良い目をしています。では、次は?」


水野の湯呑みを混ぜる手がアカギを惑わせる素早さをもって動かされる


「…ここ」

「正解です。次は一番難しいですよ」


見せる技は、迷いがない
手前味噌ではない熟練のものだった
最早湯呑みの中だけの範囲で硬貨は移動していない、指先、湯呑みの上を縦横無尽に駆け回る


「…これ」


開けると湯呑みは空だった


「残念、アカギさんの右ポケットです」

「嘘言っちゃいけない」


アカギが他の湯呑みを開けると確かに一枚、硬貨が出てきた
ついでに右ポケットにも


「大方、始める前に仕込んだんだろ。抜け目がないな」

「面白いでしょう」

「まあね」


右手の指の付根で硬貨を回しながら水野が話をする
アカギは暫く見ていたが、自分も同じ硬貨を取り出して練習をし出した
何度かやれば、出来てしまう
器用な子供だ


「サマも似たようなものです。麻雀牌があれば少しはお見せできます」

「本当?」


アカギは揚々と麻雀卓を借りに出ていった
なんとか意識を他へやることができた
こんっと一つ咳が出て、病に犯されていたことを思い出す
疲れきった頭を横にして休憩を取る
解熱剤が効いて少しは楽になった
安静にしていれば、話したりちょっとした手遊びくらいはできそうだ
ここまで連れ出しておいて宿で退屈をさせるのも忍びない




持ち運びしやすい簡易的な卓と麻雀牌を手にアカギが戻ってきた
布団の横へどかっとおいて牌を広げると、さあっと促すように水野を見つめる


「…寝てる?」


アカギを待つうちに水野は眠ってしまっていた
今の水野は起きていてもしおらしく、人間味があって初めは反って自分より遠くに感じていた
こんなところで何弱味を見せているのだと言う憤りもあった
しかし、一度手品を始めるとそれは無用のものだとわかった
水野は水野だった
伊達に年を重ねていない、
そこらの大人よりも自分に無いものを持っている
そこに魅せられる

眠ってしまった水野は死んだようだ
近づいて触れれば生者になってしまうだろう
この人はころころ姿を変える


兎に角、相手をしてもらうのは難しいだろう


仕方がないので、宿でも散策することにした







[23/147]



戻る


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -