10円饅頭 1




『芝浦!テメェアドレス交換してからちっとも連絡寄越さねえじゃねーか!』

「あー悪かった、悪かった」

『どうせ忘れてたオチだろ、アーン?』

「怒るなって、じゃあれだ。明日、明日どうよ?」


放課後の部室は賑やかだ
今日は特に合同練習を三日後に控え、激しい練習をしたこともあって大量の汗をかいたのだろう
誰かがエイトフォーを使ったらしく臭いだのなんだのと大声で桃城や菊丸が騒いでいる

その隅で片耳に指を入れ芝浦が何やら電話で話し込んでいた


「芝浦は誰と話してるんだろう?」

「恐らく跡部だろう。他に思い当たらない」

「それ、遠回しに俺達の他に友達がいないって言ってるよね。」

「…そうなるな」

「溺愛してる妹さんって可能性は?」

「それならばもう少し穏やかに話すはずだ」

「…」

「ちょっと一緒に帰るの無理そうだわ」

「どこに行くの?」

「跡部ん家」

「!!」

「えっ!? さっきまで商店街がどうとか言ってなかったっけ?」

「どうしてそうなった」

「この前あいつを未開の地につれて行ったから、その仕返しだろうな。」

「?」

「まぁいいや、じゃ、そゆことで。」

「…なんだったんだろう」


跡部が部長兼生徒会長ということもあって明日からのお互いの予定が合う見通しが立たず、急遽今日向こうに行くことになった

家にお邪魔するのだから何か手土産を買って行こうと学校の側の大通りに出る
ここは洒落た店が軒を連ねているので跡部に渡す物を買うには丁度良いだろう
がま口の財布を開けると中には510円。
最近部活ばかりしているので当たり前なのだが、なかなかリアルな金額だ





青学の前に戻ってみると案の定高価そうな黒い車が止まっている


「うぃす、早かったな」

「どこ行ってやがったんだ?」

「おん、早く終わったから、ぶらぶらしてた」

「そうか、今日は覚悟してろよ」

「お前結構根に持つタイプ?」

「うるせぇ」


会話をしながら座席に腰かける
芝浦の態度は堂々としていて、
早速窓際に肘をついて外を見ている
その表情はどこか物憂げだ
跡部が芝浦に抱く疑問点は多い
例えばレギュラーどころかどうして補欠にもなってないのかとか
彼につられて自分も窓を見やる

外では夕陽が沈みかけて赤く燃えている
通りがけの公園で手を引かれている子供。影を落とす遊具。
窓の外を流れて行く風景が光となって芝浦の顔を照らしては消えていく
並みの中学生はこんな複雑な顔はしない
今彼は何を思っているのだろう
跡部が無意識に言葉を発しようと唇を動かしたその時だった


「到着いたしました、ぼっちゃま」

「…ああ。」


門の中まで車を走らせること、数分
跡部家の尊大な玄関に立つ


「これが噂のベッキンガム…」

「あ?」

「いやなんでもねえ」


豪奢な扉を使用人達が開けて出迎える
乱れずに列を成す間を挨拶されながら歩くのはなんとも芝浦にとって居心地が悪い
跡部はすたすたと歩いて行ってしまう


「さて、何をするかな」

「なんだノープランなのか」

「急な用事だったからな、安心しろお前をどうぎゃふんと言わせるかくらいは考えてある」

「んな真顔でぎゃふんとか言うなよな。」

「とりあえず俺の部屋にでも行くか、ついて来な」

「あいよ、あと手洗いたい」

廊下の壁は白いタイル、銀作りのキャンドルホルダーが突き出している
花瓶の乗った机など一つ一つが素人目に見ても上質なことが解る
跡部の部屋はそのずっと奥にあった


「お邪魔します」

「荷物はその辺適当に置いとけ、上着はここだ」

「これ、つまらないものですが」


芝浦がラケットバッグから小振り紙袋を渡す


「わざわざご丁寧に。…なんだこれ?」

「10円饅頭」

「10、円…だと?」

「一つ10円な」

「ふ、面白い」

「ケーキはうまいやつ散々食ってるだろうと思ってな」


パチン


「ミカエル、こいつも皿に出してくれ」

「畏まりました」

「おっふ!?」


入ってくる音は愚か気配すら感じなかった
ミカエルがあたかも初めからそこにいたように返事をしたので、驚いた
ここまでくるとやりとりが全て筒抜けな気がして気が気でない
誤魔化すように芝浦は部屋を見て歩き回る
跡部の勉強机に目が止まった


「ふーん」

「なんだよ」

整頓されたラックの中から
おもむろに立ててある英語の教科書を手に取る


「テスト期間中?」

「ああ」

「青学と同じだ。どこやってるんだ?」

「今は…」

「ああ、そこやったわ。やっぱ教科書は違っても似たようなことやってるんだな」

「英語のテスト勉強はほとんど終わったぜ」

「これ、結構範囲広くねえ?」

「そんなもんだろ」

「氷帝のが大変そうだな」

「慣れちまえば大したことねえ」

「てか字が綺麗過ぎ」

「ふっ」

「どや顔すな」

「なんなら勉強教えてやろうか?」

「いや、オレ別に困ってねーし。ノート取り方綺麗だな。他のも見せろよ」

「あん?」

跡部が眉を潜めながらノートを手渡す


「国語のノートの取り方にムラがあるな」

「そうか?」

「多分もっとシンプルにできる」

「ふむ。お前のも見せろよ」

「ほら」

「…なるほど」

「時間がねえから、どうしても効率性が求められるよな。お前だったら尚更か」

「勉強はどんな風にやっている?」


受け取った芝浦のノートの取り方は洗練されていて、勉強方もほとんど時間を掛けない方法でやっているようだ
何かと仕事の多い跡部にはかなり参考になる




「失礼します、お菓子をお持ちしました」

「ここに置いてくれ」

机に教科書やノートを広げての討論会が始まっていた
お菓子をつまみながら互いの勉強法を吟味する


「歴史系は事件の背景までやりだすと時間がかかってしょうがねえ」

「ああ、オレ参考書買ってやってる。これテストに出るくらいの浅さで書いてあっていいんだよな」

「ほう」

「オレ古典苦手」

「文法の単純暗記じゃねえか」

「あれが覚えられん」

「プリントコピーしてやるよ」


跡部が何気ない風を装って10円饅頭に手を伸ばす
意を決して口に運んだ


「…いけるな」

「だろ?」

「煎茶が欲しくなる」

「あんこだからな」

「どうぞ」

「!?」


ミカエルがもう物怪か仙人にしか見えない




最初に出されたお菓子も底を尽き始めた頃
芝浦の腹が大きな音を立てて鳴った


「なるほど、芝浦も人って訳ね」

「なんだそりゃ」

「生活感を感じねーんだよ、お前」

「家だと生活感バリバリだぜ?」

「気になるな」

「今度来るか?」


躊躇い無く聞いてくる芝浦が心地良い
気をよくしたのか跡部の表情が緩む


「飯食っていけよ」

「いや、悪いだろ」

「いいって、というかそれがメインだ」

「うん?」


跡部が目配せをして席を立つので芝浦も後に続いて廊下に出る
何度も角を曲がり大きな食堂にたどり着いた
既に使用人達が布巾や水等を持って並び、つくえには銀食器が用意してある


「…これは…!」

「そうだ、コース料理だ」


跡部が嫌みったらしい笑顔を浮かべている
最初からこれが狙いだったのだ、
恐らくこういった食事の経験が少ないであろう芝浦に敢えてそれを提供することで赤っ恥を欠かせるという、まさしくこの間の逆パターン


「さあ、席につけよ」

「お前な。」


芝浦に動揺の色は見られない
席についてナプキンを折り目を内側に膝に。銀食器は外側から。
早速オードブルが運ばれてくる
身のこなしに特にこれといった粗相はない
日本人であるせいか、所作がおぼつかない所があるがなかなか様になっている
出前から奥にきっちりスプーン動かしスープを飲みながら芝浦が言う


「これってちゃんと食った方がいいのか?」

「もういいぜ、好きに食えよ」

「コーンスープはつけパンに限る、デュクシ」

「いきなりか!」


謎の効果音と共にパンがそのままスープに投下される
こうもオンオフが激しいと吹かざるを得ない
度胸良しと言ったところか、
家に来た時から空気に押されない
マイペースというか場数を踏んでいる気がした


「オレこれ苦手」

「ソルベか」

「薬の味がする」

「まあ口直しだから甘くはねーな。お前フルコースはよく食うのか?」

「そんな金ねえよ阿呆」


芝浦の口の悪さにも大分慣れてきた、一々突っかかる方が面倒だ


「不慣れには見えねえが」

「まあ、いろいろだ」

「なんだそれは」

「旨かった、ご馳走さん」

「お粗末」

「お前料理作ってねーだろ」

「いいんだよ。」


こんなに気を配らないでいい人間はいつぶりだろうか
相手をことをもっと沢山知りたい、あわよくばテニスで語らいたい
出会ってからの時間だとか、
育ちの違いを全く感じないのだ


「あ?もうこんな時間か」

「部屋は俺様の部屋の隣でいいな」

「そうか、金曜か今日。…お前泊まらせる気満々じゃねーか」

「もう少し話しがしてえ」


跡部がさらりと歯の浮くような台詞を言うのでかえって芝浦が気恥ずかし気に目を反らした


「…よくもまあそう率直に…」

「泊まるだろ?」

「…まあ」


 

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