10円饅頭 2




ふと後ろに気配を感じ、振り替えると真顔の芝浦が立っていた


「うお!?」

「なんだよ」

「なんだよじゃねーよ!いきなり入ってくんなよ!」


風呂に一人で入っていたら突然芝浦がやってきたのだ


「あらあら、そんな生娘みたいに体隠しちゃって跡部君かわいー」


わざとらしい抑揚をあまりつけない言い方をして距離を詰めてくるのですかさず両手で肩を押さえて止めようとした
その手を芝浦が受け止めて取っ組み合いになる
腰にタオル一枚着けた状態の芝浦が踏ん張るために右足を前に出しその太ももが晒される


「っふざけてんじゃねー!出てけ!」

「いや、共風呂、雑魚寝、お泊まりの醍醐味だろ」


芝浦の奴が見かけによらず馬鹿力でなかなか退きそうにない
力んで話しているため、二人ともドスが聞いた声になる


「家族以外に肌晒すとかあり得ねー!」

「お前ハーフだったっけ? 外国はそういう文化ないのか」

「イギリスだ!」

「日本じゃ普通だ、普通。大丈夫。怖くないよー。つか入れろ!!」

いきなり入ってきてなんなんだこいつは。

「さっさと出ろつってんだろ!」

「いや、もう真っ裸になっちまったしさっ!」


確かに、そのまま戻れと言うのもなかなか酷だ
しばらくはぐー、だのうーだのとお互い唸っていたが思案の末、遂にこちらが折れることにした


「………チッ」


失念していた
先程まで芝浦は入る気は更々ないと言ったように携帯を弄っていたし、
こんなプライベートまで踏み込んで来るとは思いもしなかった

そしてシャワーなら他にも沢山あるだろうに、なぜ隣に座る


「背中流しちゃる」

「!」


抵抗する間もなく
ボディタオルを引ったくられ背中をがしがしと洗われる
他意はないとわかっているが人に肌を触れられるのは慣れない
触れる指先だとか体温を気にしてしまう
自分はずっと孤高の存在として扱われてきた、
信頼できる仲間はいてもべたべたと触れてくる人間など今までいなかったのだ


「…」

「たまにはいいだろ?オレんも洗え」


少し表情を緩めて、笑ってみせるのであれこれと考えていた此方が申し訳なくなってくる


「ったく」


当て付けに力任せに芝浦の背中を洗う
が、完璧主義の性分が手を抜くことを許さない


「裸の付き合いってな」

「…」

「洗い方がお上品なこって」

「変態親父か!」

「的確なツッコミありがとうございまーす」


テンション低いままに可笑しなことを言う、
態度と発する言葉が噛み合っていない話し方をするのがこいつの特徴の1つなのか


「…細いな。鍛え方が足りねえんじゃねーの」

「オレ人並みだから、お前らが異常なんだよ!」

芝浦が急に声を荒くして振り向く
余程恨めしいのか


「急に食いついてきたな」

「どいつもこいつも成人男性みたいな体格しやがって」

「好きで成長した訳じゃねえっての」

「恵まれた奴がそんなこと言うんだ!」

「暴れんな!」

人と風呂に入るのはいつぶりだろうか
氷帝でもシャワーは部長としての仕事を全て終わらせてから入っていたので誰とも一緒になったことがない



風呂から上がると当然二人分の寝巻きがおいてある
芝浦がなにやら神妙な面持ちでそれを広げる
うちで用意させた、ただの白いシャツだ


「ヒラヒラ回避」

「何安心してやがる」

「金持ちって胸元がヒラヒラの着てそうじゃん」

「あ? そっちのが良かったか?」


よくわからないが、芝浦はげんなりとして、いや、いいと答えるのだった


脱衣所に二人並んで髪を乾かし、着替えながら沢山話をした
芝浦の妹自慢は凄まじいもので
くりくりした目が可愛いだとか
スポーツが得意でフレンドリーだとか
自分を慕ってくれるピュアな奴だとか
そんなことばかり言うので俺の中ではスポーティーな美少女像が出来上がってしまっている



上がってから先程の会議の内容を実行に移す
よもや自分が勉強を教わるとは思いもしなかった
芝浦はどうも各科目の最短ルートを知っているらしく、細々とした小技を沢山知っていて勉強しながらでないと上手く教えられないと言う
基本的な考え方はわかっているのでまだ授業で取り扱っていない相当先の分野の暗記法や目の付け所や紛らわしい語句、問題解く順番を主に教わった

変わって俺は芝浦に古典と英語を叩き込む
もともと語呂合わせで覚えるのが得意だったようでそれが通用しない活用が本当に苦手なんだそうだ
唱えて暗記させるしかない
英語は並みにできているが英文を読むのがやや遅い、発音、アクセントに至っては最悪だ
まずこいつがきびきびと英語を話しているところを想像できない

全体的に音読は時間がかかると今まで判断しており、やってこなかったらしい。
完全にどちらの教科でも裏目に出ている

お互いの有事のための予習が役に立ったわけだ
正直芝浦が予習までしているのは意外だった
テニスではあんなにも無気力全開なのに、どこをそうするとこうなるのか。
テニスの話題が出ると焦がれるような、それでいて諦めているような瞳になるのは何故なのか。

お互い向上意欲は強いので、必要ならば自分よりも優れている相手に教わることを苦としない。
そこは共通しているようだった



「友達、家に呼んだりしねーの?」


ペンを走らせながら芝浦が言う


「部活の奴等は呼ぶぜ。あいつらも散々人ん家ではじゃぎ回ってしまいに寝ちまうからな」

「いいじゃないか。そういう奴等がいるって」

「ああ」

「そういや、お前家族は?」

「二人とも海外にいる、寂しくはないぜ。ミカエルも他の使用人達もいる」


話を聞いていたように今まで大人しく床で座っていたマルガレーテが膝に乗ってくる


「マルガレーテもな」

「そうか。」


日常生活に夢中になって、いつの間にか忙しい自分が当たり前になっていた
自分にとって有益な時間を追及してきたが、たまには心を落ち着けて物を考えるのも悪くない

…そういえばさっき雑魚寝がどうとか言っていたが本当にするんだろうか。
うちは洋式なので床に直接寝るわけにはいかない
となると後ろにある俺のベッドに二人で寝るのだろうか
サイズは問題ないが、布団は二枚用意させた方がいいのか。
そもそも一緒に寝る時はどう振る舞ったらいいんだ
横になりながらお互いの将来なんかを腹を割って話すシーンを何度も見たことがあるが、
あれは親友のすることであって…

俺は基本横を向いて寝るのでこの場合はどちらに顔を向けるのが正解なのか
背を向けるのは忍びないが、対面して寝るのは気恥ずかしい
急に手が汗ばんでくる


「大体、こんなもんだろう。後は言ったことをちゃんとこなせば大丈夫だ」

「ああ、やっぱ教えるのうまいな。」

「当然だろ」


芝浦は自分の言ったことを忘れているのではないか
しかし否定しておきながら誘うのもどうなんだ
こいつは間違いなくからかってくるだろう
聞きたいこともまだ山ほどある
タイミングを見計らっていて重要なことは何も本人から聞き出せていない

なんとなく会話に詰まって、鉛筆が筆箱に片付けられるかたかたという音だけがする


「…寝るわ、お休み」


…やっぱり忘れてるじゃねえか。





部屋の片隅で聞こえる物音に目を覚ます
俺の部屋はカーテンを締め切ると日の光が遮断されて真っ暗なので、人影も見えない
ただそこに芝浦がいる気配ははっきり感じられる


「おはよう」


芝浦の声がぼやと部屋に響く


「早いな」

「行こうと思う」

「朝飯くらい食ってきゃいい」

「そういう訳にもいかんさね、妹を家に待たせてる」

「両親はどうした?」

「…」

「…そうか、悪いこと聞いたな」

「いや」


ベッドから起き上がり、上着を羽織る


「送ろう」

「気を使わなくてもいいぜ?」

「そうしてぇんだ」


それ以上話すことなく廊下に出る


「空いている日に夕飯でも食いに来いよ」

「?」

「オレの家」

「ああ」

「雑魚寝もな」

会ってからというもの、どうもこいつに振り回されてばかりな気がしてならない


 

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