企画 | ナノ


――貴方を、許そう。


青い花の咲き誇る丘で、彼女はそう言って微笑んだ。


此処に来るまで、とても遠い道を歩かされた。他を顧みない歩幅に置き去りにされながら、どうにか辿り着いた先で、彼は待っていた。自ら置いてきぼりにしておきながら、彼女が来なかったらどうしようと怯えていたような顔をして。

それだけで十分だと、彼女は彼のもとへと走り出す。空の中、海の上を駆けるような足取りで。






何度読み返しても、溜め息が出るほど美しい物語だ。

この本を手に取ったのは随分久し振りだが、あの時と同じように心が震えることに感慨深さを覚えながら、すすぎあらいは読み終えた本を本棚へ仕舞った。

本は本棚に仕舞う。当たり前のことを当たり前に出来るようになって暫く経つ。
どんなに口を酸っぱくして言われても、整理整頓の習慣化に着手する気力が無かった頃からは考えられない程度に、彼の部屋は整然としていた。

無意味に溜め込んでいた物、不要な物を捨てる。汚れた場所は掃除する。物は元の場所に戻す。意識して行えば必然的に物は減り、放置される・見過ごされる汚れも無くなる。


今になって思うと、何故あんなにも無駄な物で溢れていたのかと疑問符が浮かぶ。

明らかに使わない物、そも何故部屋に持ち込んだのか分からない物、使えなくなったのにそのままにされた物――。そうした物を無意識の内に溜め込んでいたのは、常に不浄を纏っていたのは、己の中の汚穢を覆い隠す為だったのかもしれない。

臭い物を臭い物で蓋をするなど、本当に救いようがない。そう、かつての自分は本当に、救いようのない男だった。


思い返すと、随分昔のことのように感じられる。たかが二年前の話だというのに、壁に残ったシミを眺めているような気になる。

この二年が激動の日々だったのもあるかもしれない。


彼女が八百万の神を殺し、世界が人の物となってから、劇的に変化していく社会の為に殆ど休み無く奔走していた。

表と裏、人とモノツキの調停。神々の残滓たるつくもデブリの除去。そうした前時代の置き土産を片付け回りつつ、ツキカゲ社員達の引っ越し作業やら、オフィスの復興作業やら帝都管理局の設立やら。一つ片付いた傍からまた次の作業と休む間もなく走り続けてきたが、世界が新時代の軌道に乗り始めると共に、此方も徐々に落ち着きを取り戻してきた。

こうして朝から読書に耽る程度の休日を謳歌出来る程度に――と、すすぎあらいが次の本を手に取ろうとした時だった。


「……もしもし?」

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