企画 | ナノ
「すみません、休みの時に」
携帯のコールに呼び出され、月光ビル三階オフィスに向かった。
暴徒と化した民衆によって月光ビルが燃やされ、社員達の部屋も殆ど焼失してしまったのを機に、ツキカゲ社員達はそれぞれ近隣各地へ移住した。
現在、上のフロアは新しいオフィスの増設と新規社員の部屋として使われている。
自室から会社まで歩いて向かうというのも、今ではすっかり慣れたものだが、最初の頃は違和感と一抹の気怠さを覚えていたものだ。特に、こういう緊急の呼び出し時に。
距離が出来た分、昼行灯も急務が出来る度に申し訳無さそうにしていたのだが、今日は些か様子が異なる。
「先程話した通り、依頼が来まして……。今回は貴方が適任ですので、お願いします」
「人探し?物探し?」
「後者です」
「こういうの久し振りだな」
天地開闢の後、ツキカゲが請け負う仕事も様変わりした。
凡そヒナミ、及び帝都管理局からの依頼で、旧時代と新時代の歪みを正すような業務を請け負うようになった為、夜逃げした負債者探しや、闇市に流れたヤクザの隠し財産が埋め込まれた置き物の捜索といった仕事は久しくしていない。モノツキになって生き別れた兄弟を探してくれ、という依頼もあったが、あれも一年前になる。
さて、今回は如何なる案件かとすすぎあらいが浅く息を吐いた、その時。
「ふむ、貴様が此度の担当か」
応接間からのっそりと姿を現したその人物に、すすぎあらいは頭をごうんと鳴らした。
春夏秋冬入り混じった花々が活けられた、黒い陶器の花瓶頭に、濃紺の着流し。依頼人はモノツキだった。声色と手の皺からするに、年齢は六十代から七十代。やや嗄れた低い声の男は、顎に当たるだろう瓶底を片手で撫でながら此方を見遣る。
「紹介します、すすぎあらい。此方が今回の依頼人、四季狂い氏です」
「……どうも」
男は、四季狂いという忌み名らしい。成る程、どうりで花の季節感がとっ散らかっている訳だと思いつつ、すすぎあらいは軽く会釈した。
老人のモノツキは珍しい。私服に着流し、それもぱっと見ただけで上等な物だと分かる物に身を包んでいるとなると、かなり裕福な暮らしをしているのだろう。
裏社会で其処まで成功している者となれば、今日まで知らないことはない。では彼は、定年退職後にモノツキになったのだろうかと思索していたすすぎあらいの頭は、昼行灯の次の言葉で殴り付けられた。
「氏は、クロガネ現代文学にこの人ありと称されるベストセラー作家です。ペンネームの方は、貴方も良く知っているでしょう」
「…………ん?」
何処か意地悪い昼行灯の言い回しに首を傾げながら、すすぎあらいは改めて四季狂いを見遣った。
年齢、五十から六十。花々に彩られた頭部。自分が良く知るベストセラー作家。
そんなまさかと昼行灯の方に顔を向けると、そのまさかだと言わんばかりに肩を叩かれた。
「貴方、ファンでしょう。ウタフジ・セイショウの」
後に、昼行灯はこの時の事をこう語る。
すすぎあらいとの付き合いも長いものですが、彼の頭からブザー音が鳴るのを初めて聴きました、と。