不動の勇者 | ナノ


勇者。それは魔王を倒した英雄に与えられる称号。壮大な旅路の果て、多くの出会いと別れの末、世界を救った誉れ高き戦士達。


この世界に於いて、その名を冠した者は四名。その四人目にして歴代最強と名高い勇者――名は、グリゼルダ・イアヘルト。

史上初となる二人の魔王討伐という偉業を成し遂げ、世界を二度も救った救世主の中の救世主。彼は、如何なる事態が起ころうと決して旅に出ない、”不動の勇者”であった――。





緑の国。その名の通り、この世界で最も緑豊かで穏やかなる西の大国。天に座したる神族が地上に齎した聖なる巨木、”神霊樹”の加護厚きその国に、彼の勇者は居た。


「グリゼルダ! グリゼルダ・イアヘルトは居るか! 否、居ることは分かっているぞ!」


その頂は緑の国を一望出来ると言われる”神霊樹”のお膝元――”神霊樹の森”。世界で最も深く、最も美しいとされるその森は、季節を問わず緑が生い茂り、耳を澄ませば小鳥の囀りや妖精の鼻唄が聴こえる、命溢るる聖域だ。


かつてこの地は世界に初めて降り立った魔王、”原初の魔王”デモゴルウスの焔に焼かれ、草の一つも生えない不浄にして不毛の地であった。土を侵し、水を毒するデモゴルウスの火。これを取り除くべく、神族が天より打ち立てたのが”神霊樹”だ。

”神霊樹”はその聖性を以て魔なるものを滅し、死に絶えた大地に生命の息吹を齎した。以来、この地は”神霊樹の森”と呼ばれ、聖なる神樹の恩恵で、あらゆる悪性、あらゆる魔性の侵入を許さぬ、無垢なる命だけが生きる場所となった。

そんな”神霊樹”の森の中にある、小さな泉の畔に立つ小さな家。其処が勇者グリゼルダ・イアヘルトの住居である。


「国王陛下の勅命である! ただちに魔王、オルド・ヴァルデマール討伐の任に就け! 繰り返す! これは国王陛下の勅命である!」


緑の国、国王軍将軍――マルディン・ガルディオ。代々国王家に仕える由緒正しき名家、ガルディオ家の現当主であり、度重なる魔王軍の侵攻から王都を守り続け”王の守護者”の名を与えられた勇士。そんな彼が、僅かな兵を引き連れて”神霊樹の森”を訪れたのは、六度めとなる魔王強襲に起因していた。


魔王とは読んで字の如く、魔界の王である。魔界とはこれまた読んで字の如く、魔なるものども――魔族の世界である。

この世界とは異なる座標・異なる時空に存在する、腐敗と汚穢、不義と悪徳で出来た世界。遥か昔、神族の手によってこの世界から追放されたもの達の流刑地。或いは、自然発生的に生まれた邪悪の坩堝。或いは、この世界の創世前から存在する悪しきものだけが息衝く世界とされている。


そう、魔界と呼ばれる世界は複数存在し、魔界と同じ数だけ魔王が存在している。

ある者は神族への復讐、ある者は領土拡大、ある者は破壊と殺戮だけを目的に、またある者はただの戯れで。動機や志は様々だが、魔王は何れも悪意を以て、異界に通じる扉を作り出し、これを介して、この世界に侵攻する。六度目の魔王強襲となる此度は、”太古の魔王”オルド・ヴァルデマールとその軍勢に因るものであった。


既に隣国は侵略され、先日ついに王都が落とされたという。魔王軍が緑の国に攻め入るのも時間の問題だ。魔王軍が国境を越える前に迎撃せんと、国王軍の精鋭部隊と、各地から集められた腕利きの戦士や魔導師達が向かったが、押し寄せる軍勢に苦戦を強いられ、防衛線は徐々に崩壊しつつある。

だが、この国には希望がある。過去に二度も魔王を斃し、この世界を救った最強の勇者、グリゼルダだ。

彼さえいれば、魔王軍など恐るるに足りない。彼さえいれば、六人目の魔王も打ち倒される。彼さえいれば、この世界は守られる。
それは確かなことだ。過去に彼の魔王討伐を眼にしたマルディン将軍も、そう確信している。だからこそ、国王軍を率いる者として、”王の守護者”として、緑の国の防衛と確実な勝利を求め、此処に来たのだ。五人目の魔王、”獣の魔王”メレトリーチェが現れた時と同じように。


「…………今回も出ませんね、勇者」

「また居留守、ですかね」


そう、前回の魔王強襲の時も、マルディン将軍は彼を頼ってこの森を訪れていた。だからこそ、己の声だけが虚しく響き渡るこの静寂の意味が嫌と言うほど分かる。

勇者グリゼルダは、あの家の中で居留守を決め込んでいる、と。


「聴こえているのだろう!! グリゼルダよ!! 我々は貴様が応じるまで、此処を動かんぞ!! 今回は食糧もテントも持って来ているからな!! 一週間は滞在出来るぞ!!」

「あれ、その為の荷物だったのか……」


近くに村もあるのに、やたら荷物が多いと思えばそういうことかと兵士の一人が溜め息を吐いた。


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