妖精殺し | ナノ


偏に魔術師ギルドと言っても、その形態は実に様々である。

あるギルドは図書館の隠し部屋に、あるギルドは高層ビルに、あるギルドは大衆居酒屋として構えられ、あるギルドは山奥の古民家にひっそりと、また、あるギルドは高級クラブの地下に潜み、まさに千差万別。

ヘクセベルク次期当主として祖父や両親に連れられ、多くのギルドを見て来たが、此処、喫茶ストレリチアは、居心地の良さで言えば、どのギルドにも勝るとも劣らないだろう。
北欧風のインテリアに、ランプやランタンの温かな光、眼に優しい観葉植物のグリーン、蓄音機から流れる音楽、コーヒーの香り。

上質な一時とは、こうした空間で生まれるものだと、アルベリッヒは眼を細めながらカップを傾ける。


「ふむ……やはり勾軒の淹れるコーヒーはいい。褒めて遣わすぞ」

「コーヒーっつーか最早カフェオレ……いや、ほんのりコーヒー味の砂糖ミルクだよな、それ」


が、彼の至福の一時は、カウンター席から飛んできた声一つで容易くぶち壊された。


「ええい、黙れ黙れ!! 誰がどうコーヒーを飲もうが構わないだろう!! お前に出すものではないのだ!! 僕のコーヒーくらい僕の好きに飲ませろ!!」

「いや、それは御尤もなんだが、その味付けでコーヒーの味を語る面されたからつい」


人のコーヒーの飲み方にケチを付ける気は毛頭ない。ブラックこそ至高と言う訳でもないし、砂糖もミルクも好きに入れればいいと思う。
しかし、得意気な顔でコーヒーの味云々を語るとなれば話は別だろうと、化重はテーブル席から飛ばされる怒声を無視して、サンドウィッチを口に放り込んだ。喫茶ストレリチアの人気メニュー、卵焼きサンドとカツサンドのセットだ。

辛子マヨネーズがアクセントのふわふわの卵焼きと、厚切りのロースカツのサンドウィッチは食べ応え抜群、味も絶品で、化重を始め、ストレリチアに通う魔術師達から絶大な支持を受けている。
このサンドウィッチ食べたさに余所のギルドからやってきた者もいる程だ。料理は魔術に通ずるものがあると言われているが、如何に優れた魔術師でも、このクオリティのサンドウィッチをそうは作れまい。

と、アルベリッヒの声をまるで耳にすることなくサンドウィッチを堪能した化重は、きっちり完食し、コーヒーを飲んで一息吐いたところでようやくカウンターチェアを回し、未だぷんすこと怒り散らしているアルベリッヒの方を向いた。


「で、今日も今日とて何しに来た。ついに勘当でもされたか?」

「そんな訳ないだろう!! ええい、露骨に鬱陶しいから帰れというような顔をするな!! 僕は貴様に用があって来ている訳ではない!!」


キキーモラの家出騒動から、アルベリッヒは実に足繁くストレリチアに訪れるようになった。
あれから二週間経つが、彼の顔を見ない日は、化重が仕事で一日出払っている時と、部屋に篭っている時くらいだ。

いい加減、その整い過ぎた顔に拳骨を喰らわせてやりたい程度に見飽きた、と化重が眉を顰める中、アルベリッヒは気品たっぷりに自分がこのギルドに通うに至った動機を語る。


「先の一件で、僕はヘクセベルク次期当主として、キキーモラの主としてもっと成長しなければと思ったのだ。故に、こうしてギルドに赴いて、魔術師達と交流し、刺激を受けようとだな」

「家に篭って一日中魔力発散してろ。此処に来るだけ時間の無駄だ。魔術的成長に関しては、な」

「な、なんだその含蓄のある言い方は!!」

「別に。まぁ、お前次第ではそっちも無駄になり得るがな」

「何だと?!」

「分かってんじゃねぇか」


アルベリッヒの言う、次期当主としてだの、魔術師達との交流だのというのは、建前である。
彼の目当ては、キキーモラ事件以降、すっかり熱を上げている見習い魔術師――竜ヶ丘春智だ。

どうやら先の一件で、春智に手を引かれ、共にキキーモラを救い出さんと奔走してもらったことで、彼女に好意を抱くようになったらしい。
当人は断として肯定しないが、否定もしないし、何よりその態度で筒抜けなので、今やストレリチアに通う者の殆どがこの事を知っている始末である。勿論、当の春智は除いて。

全く罪作りな弟子だと、化重が傍らの春智に視線を向けたところで、アルベリッヒも彼女を見遣りながら、顔を強張らせた。


「ところで……春智さんはどうしたのだ」

「見ての通り。今日も魔術認識が捗らず、疲れ果てている」


魔力認識を始めてから三週間が経過したが、相変わらず苦戦を強いられていた春智は、今日も精神力の限界を迎え、カウンターに突っ伏していた。

その傍らではムーが、食べかけのまま放置されたアプリコットのスコーンに齧り付いているが、春智の虚ろな眼には今日も今日とてうんともすんとも言わないグリモアールしか映っていない。


「ううう…………。一体、一体いつになったら光ってくれるのシジルちゃん……」

「見ろ。疲労のあまりグリモアールに話し掛け始めている」

「ま、負けるな、春智さん!! 大丈夫、僕だって魔力認識出来たんだ!! 春智さんもきっと出来る!!」

「これ以上とない励ましの言葉だな」

「うう……ありがとうございます、アルさん…………」


魔力認識に数年を要した人間に励まされると、三週間如きで音を上げていられないなと、否が応でもやる気にさせられる。

自分で言ってて悲しくなるだろうに、それでも自分を元気付けようとしてくれたアルベリッヒに感謝しながら、春智は重たい頭を上げた。


「あともう少し……あともう少しって感じのとこまでは来てるんですよ……。なんかこう、思い出せないけど頭のこの辺まで来てる! って感じです」

「ふむ……舌先現象のような感じか」


この三週間の努力は無駄ではなかったという実感と手応えはある。

化重の教えに従い、自分の内側を探り歩いて、今まで触れることのなかった何かの流れを微かに感じ取ることは出来るようになってきた。例えるなら、遠くに流れる川のせせらぎを聴くような、そんな感覚だ。

しかし、音はすれど姿は見えず。近くにはあるのだが、其処に辿り着けない。そんな薄皮一枚の障壁に苛まれ、足踏みを続けているのが現状で、春智は非常にもどかしかった。


いち早く魔術認識を終え、本格的な魔術の勉強に励みたい。その焦燥感を抑え込みながら、自分の中を歩き回るのは、酷く疲れる。

アルベリッヒはこれを数年間続けてきたというのだから、尊敬に値する。自分だったら無理だと心の中で称賛しながら、春智がコーヒーを啜る。その様を見遣りながら、化重はあともうひと押しだと適当なアドバイスを送る。


「其処まで来たなら、何かの切っ掛けでスイッチが入ればいけるかもしれねぇな」

「切っ掛け、といいますと……」

「一概には言えねぇが……大きな魔力に触れたり、危機的状況に瀕したり、何か閃いたり……外的要因から魔力認識に成功することも間々ある。しかし、何が切っ掛けになるかは人それぞれだ。その時が来るまで、地道にやるしかねぇな」

「はぁい」


切っ掛けというのは、望んで手に入るものではない。喉から手が出る程に欲したとして、それが何処にあるのか、どんな形をしているのか、それさえ分からないのだ。
無闇矢鱈と探すより、天から降ってくるのを待つ方が賢明である。その日が来るまで、根を詰め過ぎない程度に努めるのが一番だという化重の言葉は、春智の胸にすとんと落ちた。

焦る気持ちも、不安もある。だが、師である彼が気長に付き合ってくれようとしているのだ。自分に出来ることを出来る範囲でやっていこうと、春智が小さく微笑んだその時。


「こんにちはぁーっ」

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