妖精殺し | ナノ


響く姦しい叫び声に、二人揃って肩を跳ねさせた後、春智は声の方へ眼を向けた。

方角は正面。先程までいた縁側の方からだ。春智は、もしかしなくてももしかするだろうと、麗の手を引いて廊下を走り、声の正体を確めに向かった。
中庭を突っ切って行った方が早いのは明白だが、靴を向こうに置いてしまったので遠回りするしかない。

この時間が煩わしいと歯痒い思いをしながらも、麗に合わせたスピードで廊下を駆けた春智が眼にしたのは――。


「おう。終わったぞ、弟子」

「ギェーーー!!」


その美しい容貌からは想像も出来ない金切り声を上げる女妖精と、それをワイヤーでグルグル巻きにしてひっ捕らえた化重の姿であった。

雄叫びを上げるヴィルデ・フラウの鬼の形相。暴れてくれるなと足で押さえつけ、ワイヤーを引っ張る化重。子供に見せるには憚られる光景だが、もう眼にしてしまった以上は仕方ない。
春智は愕然とする麗の眼を覆い隠そうと伸ばしかけた両手を上げ、化重は捕えたヴィルデ・フラウを足蹴にして、体の向きを変える。


「お嬢ちゃん、コイツか? 庭に出てきたオバケっつーのは」

「…………」

「……どうした?」

「…………何か、ちがうの」


ヴィルデ・フラウが、怒りの形相を浮かべているからそう見える、という訳では無さそうだった。おっかなびっくり、暴れるヴィルデ・フラウを見遣る麗の眼は、明らかな違和感に惑っている。

麗がより確かな判断を出来るようにと、化重はヴィルデ・フラウの拘束を強める。その圧迫感に、のた打ち回っていたヴィルデ・フラウが僅かに静止すると、麗は、やはりこれは自分が視た妖精ではないと、弱々しく頭を振った。


「私が会ったオバケは、もう少し背が高くて、眼が大きかった……このオバケじゃない」

「……何?」


靄のような不穏が濃霧の如く立ち込める。その向こうに潜む影に、化重が眉を顰めた瞬間。


「ぎゃああーー!!」


聞き覚えのある叫び声に、一同は揃って顔を其方に向けた。

何かと声を荒げることの多い声の主だが、今の絶叫は只ならぬ状況を現しているに違いない。化重と春智は顔を見合わせ、頷いた。


「今の……アルさんの声じゃ」

「……一応、行ってみるか」


この状況下で、麗を一人にしておくのは危険だと、化重は捕えたヴィルデ・フラウに手早く封印処置を施すと、麗を小脇に抱え、廊下を走った。

声は、アルベリッヒが札を貼りに向かった方角から飛んできた。札を貼っている途中で、組の誰かに絡まれて慄いたのか。ネズミでも見付けて驚いたのか。その程度であればいいがと思いながら角を曲がった化重と、後から遅れて駆け付けた春智は、抱えられたままの麗と共に瞠目した。


「た、助けろ、妖精殺し!! ヴィ、ヴィヴィヴィ、ヴィルデ・フラウだ!!」

「…………」


見れば分かる。だが、見れば見るほど分からんと化重は眼をこれでもかと細くした。

柱にしがみ付き、喚き立てるアルベリッヒ。その脚を物凄い力で引っ張り続ける、半狂乱のヴィルデ・フラウ。


「ぼ、僕の魅了に掛かって……僕を夫にする為、妖精の世界に引きずり込もうとしてきて……す、すごい力で引っ張ら……ぐぬぉおお!!」


状況は何となく察しが付く。だが、二体目がいるとはどういうことだと、化重が顔を顰めている間に、アルベリッヒは柱から引き剥がされかけてはしがみ付き、引き剥がされてはしがみ付きを繰り返している。

凄まじい攻防だ。連れて行かれまいとするアルベリッヒが必死なのは勿論のこと、ヴィルデ・フラウの方も脇目も振らず、無我夢中で彼を引っ張っている。その血眼っぷりたるや、婚活末期の女性の如くである。

ヴィルデ・フラウは、気に入った人間を力任せに連れて行くことで有名な妖精だが、恐らくこれはヴィルデ・フラウ史に残る荒業であろう。


「……お嬢ちゃん。あの、柱にしがみ付いて泣き喚いてる奴を引っ張ってる奴は、そうか?」
「ううん……あの人も違う……。私が見た人は、髪の毛が真っ直ぐだった」


アルベリッヒを連れ去ろうとしているヴィルデ・フラウは、髪に緩やかなウェーブがかかっており、麗が庭で見た個体とは異なるようだ。

となると、この屋敷には少なくとも三体のヴィルデ・フラウがいるということになる。それがどれだけ異常なことか、春智にも理解出来る。


「ヴィルデ・フラウが、どうして三体も麗ちゃんの元に……?」


ヴィルデ・フラウはドイツの妖精だ。日本に移り住んだ個体がいて、それが繁殖を遂げているとしても、数はそう多くない筈である。
一ヶ所に群れること自体考えられないが、何より、複数体のヴィルデ・フラウが一人に集中しているのが奇怪だ。麗が今時稀有な魔力持ちの、妖精から見て大層魅力的な人間であっても、三体ものヴィルデ・フラウが集まることなど有り得るのか。

ようやっと床に下ろされた麗を庇うように抱き寄せながら、何処かに潜んでいるだろう残り一体を警戒する春智であったが、化重は既に気が付いていた。異常を越えた異常事態が、この屋敷を取り囲んでいるということに。


「三体か。……それくらいで済めばいいんだがな」

「――え」

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