FREAK OUT | ナノ


「被害は」

「在津第二支部長を含め十二人が行方不明。現在、事務所にて待機していた能力者達数名が探索チームを組んでいますが……既にフリークハザードは発生しているようです」

「クソ!侵入してきたのはカイツールだけではなかったのか!!支部長共め、何をしている!!」

「もう一体はケムダーか……。よりにもよって厄介なフリークスが来たものだな……」


現場を見るまでもなく、惨状と絶望が浮かぶ。報告書に印刷された文字。それだけで十分過ぎる程に、状況は最悪であった。

十怪の襲来。それも、同時に二体の出現。これにより、鉄壁の守護を誇っていた第二支部が事実上陥落。今回FREAK OUTが受けた痛撃は、余りに重かった。


「五日市……貴様が支部長会議を開き、緊急対策を取らせた直後の事だぞ。今回の件、どう責任を取るつもりだ」

「……誰が指揮を取っていようが、どうにもならない事でしょう、これは。十怪が同時に二体も出現するなど……運が悪かったとしか言いようがない」

「そんな事を言っている場合か!!ただでさえ人手が足らんというのに、十二人もの能力者が欠けたのだぞ!!しかも第二支部の精鋭達がだ!」


慢性的な人手不足に悩まされている所に、優秀な能力者が集う第二支部から十二人が消失。その上、帝京守護の要たる支部長・在津までもが十怪の手に掛かった。

現状、上野雀はがら空きに等しく、此処から攻め込まれた日には、人類避難区域は大きな被害を受ける。
司令官が一人、五日市を怒鳴り付けたのも、堪え切れず机を殴ったのも、致し方ないとさえ言える事態だ。五日市からすれば八つ当たりもいいところであったが、先の支部長会議を請け負っていたのが自分でなければ、同じように苛立ちを覚えていただろうと、彼はただただ沈鬱を飲み下していた。

他の司令官達も黙思している中、一人騒ぎ立てている事に堪え兼ねたのか。拳を握ったままの司令官は舌打ちを転がした後、それでも溢れて止まない不満を言ちた。


「化け物共が……どうせ襲撃するのなら、第四支部にでもしてくれればよかったものを」

「口が過ぎるぞ、江ノ内(エノウチ)司令」

「……失礼、総司令官殿」

「第二支部には一刻も早く、残った能力者を指揮する新たな所長の着任と、能力者の補充が必要だ。与太話は其処までにしておけ」


神室に睥睨され今度こそ沈黙した江ノ内司令を横目に、司令官達は手元の書類を捲り出した。彼の言う通り、そして、江ノ内司令が五日市司令に唾した通り。迅速な対応を要する事態に、実にならない話をしている場合ではない。各々何処か煮え切らない様子ながらも書類の紙面を眺め、今回の一件で空けられた穴の補修策について思案する。


「在津の後任、か……」


在津は自らの能力を鼻に掛け、傲慢で我の強い性格をしていたが、反面、優秀な能力者である事に矜持を持ち、常に成果を上げ続ける事を怠らない男でもあった。
不遜にして誠実、大胆にして緻密。それが在津の強みでもあり弱みでもあったが、今日まで彼が残したものは実に大きい。

彼が着任してからの上野雀市は、フリークスの年間出現数、被害者総数、被害総額――何れも他地域に比べ数値が低く、また在津が考案した警備システムや防衛サイクルは政府にも非常に好評で、帝京警察を招いての講習会も何度か催された程だ。無論、彼自身の戦闘技術も凄まじく、戦士としても戦闘指揮官しても優秀な人物だった。

これらの功績から”教授”という二つ名を授かった在津だが、十怪二体が相手となっては誰であろうと同じ末路を辿る。在津が――ばったりとなのか、はたまた相手が狙っていたのか――カイツールとケムダーに当たってしまったのは、不幸としか言い様がないだろう。

未だ二体の十怪の行方も分からず、残された第二支部の能力者達及び上野雀の不安も募りつつある現状。在津達の埋め合わせは早急に用意しなければならない。だが至極当然、そう簡単に決まる問題ではないからこそ司令官達は頭を抱えている。


「今回の一件でお冠の政府を黙らせるには、在津以上の逸材が後任になる必要がある。だが、そんな人材を引き抜けば、今度は其方に穴が開く……」

「派遣部隊(ドリフト)か、精鋭部隊(ジーニアス)か……一小隊ごと引き抜くのが望ましいが、さて何処から……」


FREAK OUTは常に戦力が足りない。三百六十五日四六時中襲い来るフリークスと戦い、命を落とす者、再起不能に陥る者が出る一方、その代替わりとなる能力者はそう滅多に現れてはくれない。

政府が定めた法案により、能力に覚醒した人間は強制的にFREAK OUTに徴兵される事になっているが、まず能力に目覚める人間の母数が少なく、その中で戦士として優れた能力を持ち合わせた者となると、ほんの一握りになる。そんな奇跡めいた選ばれし能力者でさえ、フリークスとの戦いで呆気なく命を散らしてしまうのだから、頭を掻き毟りたくなるものだ。

名案も希望的観測も浮かばず、司令官達は軒並み顔を曇らせ、在津後任の候補者リストを眺める。そんな中、ただ一人ニタリと笑みを浮かべる男が口を開いた。


「何処かに落ちていないものかねぇ……優秀な能力者。例えば……そう、雪待尋(ユキマチ・ジン)みたいな」


これまで顔付きを一切崩さずにいた神室でさえ片眉を上げるようなその言葉に、暫し静寂が立ち込める。ややあって、最初に声を上げたのはやはり江ノ内であった。


「あの恥曝しを要する程、FREAK OUTは堕ちていない!!巫山戯た事を吐かしていないで真面目に考えんか、古池(フルイケ)司令!!」

「俺は真剣さ。それに、彼を引き戻そうとは言ってない。俺はあくまで『雪待尋みたいな』能力者が其処らに居たら良いなと言ったまでだよ」

「……”帝京最強の男”のような能力者が、其処いらに居るとでも?」

「彼だって元々は其処いらに居た人間さ。最強の男も目覚めなければ凡人。逆に言えば凡人も、覚醒さえすれば最強に匹敵……或いは、凌駕するかもしれない。俺が言いたいのは、そういう事さ青柳(アオヤギ)司令」


その吊り上った口から繰り出される言葉の荒唐さに、一同が正気を問うような眼差しを向けるが、古池は余裕と自信を以て笑いながら、「そういえば」とわざとらしく手をぽんと叩く。


「最近、科学部が面白いものを開発したらしくてねぇ。まだ問題は多いのだけれど……これ、今回の件の穴埋めに使えないかなぁ」


言いながら、古池は自前のファイルから書類を取り出し、壁際に控える職員にそれを配らせた。一つ、また一つと司令官達の手元に渡った簡素なコピー用紙の冊子は重々しい空気の中でペラリと安っぽい音を立てて開かれ――間もなく、司令官達はその内容に大きく眼を見開いた。


「……また悍ましい物を考えたな、あの女は」

「こんな……こんな物が、使えると思っているのか?!」


悍ましさと共に湧き上がる怒りに駆られ、江ノ内が立ち上がり、盛大に椅子を倒す。その隣で青柳は皮肉を込めた苦笑で顔を強張らせ、五日市は吐き気を催す文書の内容と、これを笑顔で提示する古池に脂汗を流していた。そして神室も、口を閉ざしたまま、一層険しさを増した顔で書類を睨み付けている。こんな物に頼らねばならないとなれば、いよいよFREAK OUTも終わりだ。各々反応は異なれど、誰もがそう感じていた。

こうなる事が読めていなかった訳ではない。寧ろ、こうなる事を想定した上で、古池はこれを持ち込んだ。革新的で有用的。だが、どうしようもなく人倫に悖るこの計画の使い所は、今、此処しかないと。


「理論がどうとかではない……倫理上、許される訳がないだろう!!これは、明らかに――」

「非人道的とか、そんな事言ってる場合じゃあないでしょう」


堪え切れず、書類を机に叩き付けた江ノ内に、古池は酷く冷ややかな眼を向けながら、それでも尚、笑っていた。それは、勝利を確信した者が、微力ながらに抗う者を見下し、踏み付け、完全に折伏させるような冷笑だ。直接それを向けられているでもない五日市が総毛立ち、反射的に身を引く中、古池は犯すべき罪業の正当性を説く。


「化け物を相手に人のまんま戦おうなんて、バカげてるよ。外道でなんぼ、没義道上等……というか、倫理なんて今更過ぎる事を既に、俺達はやってるんだからねぇ。あーだこーだ議論するのは、無駄だし不毛。だからさぁ、猫でも悪魔でも、借りれる手があるなら使っちゃおうよ」


口惜しい事に、古池は正しかった。歯止めの効かない化け物を相手に、戦う事を義務付けられた能力者達は、形振り構っていられない。求められるのは正義ではなく、勝利だ。

例えそれが、殲滅すべき人食いの畜生に近付くような真似だとしても、彼等に選択の余地はなかった。


「もう俺達、殆ど人間じゃあないんだしね」

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