FREAK OUT | ナノ


「っだぁーー!疲れたーー!!」


勢いよく嵐垣がソファに倒れ込んだ所為で、テーブルの上の書類が幾つか床に散ったので、愛はくわっと顔を顰めた。が、最近の第四支部事情を思えば、これも致し方ない事だと自らに言い聞かせ、愛は黙って書類を拾い上げ、それをトントンと均してから慈島に任せられた作業――本部宛ての書類整理に戻った。


「ほんっとふざけんじゃねぇよあのクソじじい!!エリート風吹かせておきながらくたばりやがって!尻拭いの為にプチ遠征行かされるこっちの身にもなれっつーんだよマジよぉお!!」

「気持ちは分からんでもないが、ちぃと慎めよ嵐垣。在津所長も死にたくて死んだ訳じゃあねぇんだからよ」

「つってもよぉ!なぁんで俺らが上野雀まで行かされなきゃなんねぇんだよ!あんだけ偉ぶってた連中のケツ拭く為に、片道一時間だぜ?!やってらんねぇっつーの!!」


嵐垣が自主的に――もとい、勝手に現場復帰した日の夜。上野雀市にある、FREAK OUT第二支部の所長を含む能力者が十二人、忽然と姿を消した。

対岸防衛システムの異常を検知し、巡回に向かった彼等が事務所に戻らず、不審に思った所員らが捜索に当たった所、市内の廃街エリアに夥しい量の血痕が発見された。

現場に残されていたのは乾いて黒ずんだ血の痕と、濃い死の匂いだけで、遺体は一つして見付かっていない。故に、在津らは消息不明とされているが、現場の状況から、十二人の能力者の生死は確認するまでもないだろう。


この大事件は、上野雀市民のパニックを防ぐ為、新支部長が決定・就任するまでFREAK OUT内部で秘匿される事が決定。手薄になった第二支部には各地から能力者が派遣される事になり、慈島事務所からも一日一人、所員を応援に出すよう要請された。

諸々の事情で出張に行くよう慈島から命じられた嵐垣は、一昨日の朝早く電車で上野雀へ向かい、見知らぬ土地を一日中巡回し、夜は市内のビジネスホテルに宿泊。本来であれば昨日の夜には戻る予定だったが、持ち場付近でフリークスが三体出現した事で終電を逃した為、もう一晩上野雀で明かす破目になった。

何故自分が第二支部の為に粉骨砕身働かなければならないのだと思うと疲労感も一入だと憤る嵐垣を横目に、愛は隣で先日の出張費用の領収書を纏めつつショートブレッドを齧る徳倉に尋ねた。


「仲、悪かったんですか?その……在津さん?って人と」

「仲が悪かったというか、馬が合わなかったというか……在津事務所はエリート支部だから、ウチみたいな厄介者集まった事務所とは水と油だった訳よ」


事件の翌日。事務所から一人上野雀に派遣される事になったと慈島が告げた時、「うげえええ」と声を上げた嵐垣や賛夏程のリアクションこそしていなかったが、徳倉もまた、顔を盛大に顰めていたのが愛の記憶に強く残っている。

徳倉は、あの二人のように滅多矢鱈に人を厭ったり、率先して敵を作るような性格ではない。誰が相手でも努めて友好的に接し、良好な関係を築こうとするタイプだ。だから徳倉のあの反応は、ただでさえ人が少ないのにとか、上野雀まで行くのが面倒だとか、そういう嘆きから来たものだと思っていたが、どうもそれだけでは無かったらしい。


「向こうから嫌味言われたり、露骨に見下されたりってのは昔からあったんだが、ウチから絡む事は殆ど無かったんだ。相手にするのも面倒臭かったからな。けど、嵐垣と篠塚が来てからは売り言葉に買い言葉で、顔を合わせりゃ啀み合い、罵り合い……ってのが当たり前になっちまった」

「それは……仕方ないですね、色々」

「だぁな。けど、マジで優秀な人だったんだぜ、在津所長。あの人が着任してから上野雀はフリークスの被害が数も額も激減したし、事務所に配属された能力者も文武両道のエリート揃いだったんだ。十怪に当たってなけりゃあ……」


と、うっかり口にしてしまった言葉にハッとなると同時に、デスクでパソコンに向かっていた慈島から鋭い視線を突き立てられ、徳倉は小さく頭を下げた。


愛の前で十怪の話をしてはならない。これは第四支部に於ける暗黙の了解だ。

こうしてFREAK OUTの業務に携わるようになってから、彼女にも基礎知識の範囲内としてフリークスの知識と情報は与えられており、今回の事件で十怪についても学んでいる。が、愛に知らされたのは十怪と呼ばれる強大なフリークスが存在しているという、教わるまでもないような事だけだ。その十怪の中に、仁奈を苗床にしたフリークスがいる事も、慈島の父親となるフリークスがいる事も、彼女は知らない。

何時かは知られてしまうかもしれないが、今知らせるべき事でも無い。慈島の身の上と彼女の今後を思えば、迂闊な事を口走るのは避けて然るべきであると、十怪という言葉自体を極力取り上げない事が不文律になっている。

口には気を付けなければと、徳倉は食べかけのショートブレッド――FREAK OUT本部から支給される特別レーションだ――を口に放り、もそもそとそれを咀嚼した。


「まぁ色々あった訳だが、こうなったらもうやるしかねぇんだし、仕事だから文句は言ってらんねぇさ。つー訳だ、嵐垣。お前、明日も上野雀な」

「はぁああ?!!なんでまた俺なんだよ!!」

「勝手に謹慎破ってフリークス討伐した罰だ。明日明後日もお前が行け」

「じゃあずっと俺で良かったじゃねーか!何で一回帰って来させたんだよ!!」

「こうして監視しないと報告書溜めるだろ、お前」

「うぐ、」


返す言葉の無い嵐垣の前に、徳倉が印刷済の報告書用フォーマットを積む。
こうして監視下で書かせなければ、嵐垣は報告書に手を付けない。宿題を自発的にやらない子どものように、限度を過ぎて尚、溜め込む。そういう性分だ。きっと能力者になる前からそうだったのだろう。

しかし、慈島がわざわざ嵐垣を一回帰らせたのは先の件に加え、自己判断での現場復帰に憤っているからだろう。嵐垣もそれを理解している。だからこそ強く出られていないのだ。やはりまだまだ子どもだなと苦笑しながら、徳倉がショートブレッドで乾いた口の中にコーヒーを流し込むと、愛がしょんもりと俯いていた。その理由は、聞くまでもない。


「なんか、すみません……。こんな大変な時に、大したこと出来なくて」

「ホントそれな。お前、今すぐ覚醒して上野雀行ってこいよ」

「嵐垣、お前の領収書はシュレッダーに掛けておくぞ」

「すみませんでした!!」


此処の手伝いを申し出た時から――否。その前から、愛は非能力者である事に負い目を感じている。覚醒など望んで出来るものではないのだから仕方ないのだが、嵐垣達に言われた事や仁奈の一件、その上ここ数日の忙しさもあって歯痒いのだろう。

それは純粋に人を想う彼女の優しさであり、慈島の力になりたいという健気な願いでもあるのだろう。若いとは実に眩しいものだと眼を細めながら、徳倉は項垂れる愛の肩を軽く叩いた。


「お嬢がこうして手伝ってくれて、かなり助かってるんだぜ俺達。人手が足りなくて書類整理やら何やら溜まっちまってるからよ」

「……ここ、やっぱり人少ないですよね」

「うちはFREAK OUTから選りすぐりの鼻摘みモンが流されて来てる場所だからなぁ、なかなか人員補充されねぇのよ。まぁ、問題はあるが実力もあるから、一回来たら長持ちするんだぜ。自分で言うなって話だけど。ハハハ」


第二支部の件を聞いた時、愛は事件の凄絶さに加え、被害者となる能力者が十二人という点にも驚いた。此処には所長である慈島を含め、六人と一羽しか能力者が居ないというのに、此度の被害者数はその倍。しかも第二支部とってはそれが一部というのだから、驚きだ。

徳倉の言う通り、第四支部はその特性上、滅多に所員が増えないのだろうが、それにしても酷い話だ。少ない所員で嘉賀崎の防衛を任され、剰え余所のサポートまでやらされるなど、嵐垣でなくても怒りたくなるものだ。

憤慨した愛がむすっと頬を膨らませると、徳倉は食後の一服にと煙草を咥えた所で、彼女が居る内は所内禁煙だったと思い出し、紫煙の代わりに溜め息を吐いた。


「雪待が戻ってくりゃあ、かなり楽になるんだがなぁ。アイツはもう帰って来そうにねぇし……どっかで優秀な問題児が現れちゃくれねぇもんか」

「……雪待?」

「雪待尋。実力だけなら、お前の父親より上。ただ、性格に難があり過ぎて”英雄”になれなかった――”帝京最強の男”だ」


ボールペン片手に横から口を挟んで来た嵐垣の言葉に、愛は軽く眼を見開いた。”英雄”と呼ばれた父をも凌駕する実力者。それ程の人物が此処に居た事への驚きと、嵐垣が忌々しげな顔をしながらも会話に割って入ってきたのが意外だった為だ。


「雪待は今から四年前に配属されてきた奴でな。元は、お嬢の親父さんがいた精鋭部隊・ジーニアスに所属してたんだが……遠征任務を放棄してこっちに戻って来たのを理由に”島流し”にあったらしい。ウチに来てからは勝手にふらふら出歩いちゃあフリークス倒して、たまーに報告書出しに顔出しに来るくらいだったんだが……ある日を境に事務所に来なくなって、後日辞表が送られてきた。受理されちゃあいねぇから何時でも戻れるっちゃ戻れるんだが……まぁ、アイツがそんな気ぃ起こしてくれる事はねぇだろうな」

「……そんな人が、此処に居たんですね」


一度能力に目覚めれば、誰であろうとFREAK OUTでの従事が義務付けられる。その運命に抗って戦線を退き、姿を消した人間が居て、しかもそれが”帝京最強の男”と呼び称される程の実力者という。ゆくりなく覗き込んだ闇の深さに軽く眼を伏せると共に、愛は嵐垣の態度に納得した。

彼が疎ましそうな顔をしながら、わざわざこの話題に触れてきたのは、雪待という男が”帝京最強の男”の名を持ちながら全てに背を向け、逃げ出した事にあるのだろう。


覚醒を遂げた者は、運命の奔流に押し流されるがまま、一つの道を進み続ける事しか出来ない。だから嵐垣はフリークスを殺す事に己の存在価値を見出すようになったというのに、彼は踵を返し、元居た岸へ至った。それだけの力を持ちながら、それだけの力を持つが故に。

そんな雪待が、妬ましく、恨めしく、羨ましいのだ。


「今はフリーの能力者として、要人や金持ちのガードマンやってるらしい。お偉いさんも”帝京最強の男”が傍に居るってんなら安心だって引く手数多。フツー、FREAK OUTを抜けた奴ってのは何処行っても白眼視されて碌な仕事にあり付けないもんだが、アイツはFREAK OUTに居た頃より儲かってるって話だ」

「元気でやってるようで何よりだが、雪待の抜けた穴は滅茶苦茶デカい。人員補填も無いし、全く参っちま…………」

「ピギィイイイイイイイイイ!!」

「何事?!」

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