FREAK OUT | ナノ


(仕方ないじゃない。だって、皆殺されるかもしれなかったんだから)


今でも鮮明に思い出す。

室内に立ち込める饐えたような肉の匂いも、鼓膜を打つ鈍い脈動も、瞳を焼かれるような光景も、思考を飛ばす程の瞋恚も。


(この子だって、本望よ。貴方に会ってから毎日毎日、自分もフリークスから人を守るんだって言ってたんだもの。……夢が叶って、よかったじゃない)

(こうなったらもう、助からないだろう。さっさと殺してやってくれ。これじゃ、生きてる方が辛いだろう)


その言葉は己を正当化するものではなく、本心だった。彼等の中には、罪の意識も葛藤も何も無い。相手を思い遣る心も、情の一つも、彼等は持ち合わせていなかった。

だから、生きたまま加工された我が子を前にそんな口が叩けるのだと理解した時、彼は怒り狂う獣のように踏み込んだ。


(……やめろ、貫田橋)

(止めるな、慈島!!こいつらは……人間じゃない!!)


こんなものさえ守らなければならないのか。こんなものばかりが守られているのか。こんなものが守るべき人だというのか。


――否。自分は、何も守れてなどいなかったのだと彼は悟った。


(それは)

(……貫田橋の辞表だ)

(じ、辞表って)

(……やはり自分には、能力者として生きることは出来ない、だそうだ)


彼は、人の為に戦うことに意義を見出せない男だった。偶然助けた、名も知らぬ少年に感謝の言葉と憧憬の眼差しを贈られる時まで。

誰を尊ぶこともせず、誰も慮ることなかったのに、そんな生き方など到底出来はしないと思っていたのに、悪くないと思ってしまった。漠然と生を呪われ、死を望まれてきた自分が今日まで生きてきたのは、きっとこの為にあったのかもしれないと思ってしまった。

だのに、その気持ちを与えてくれた彼に報いることも応えることも出来なかった。


そうして彼は、FREAK OUTを辞めた。

誰を尊ぶこともせず、誰を慮ることもない。そうして生まれ育った自分には、そういう生き方しか出来ないのだと、彼は無意味で無価値な日々の終わりを求めるようにフリークスを殺し回った。

彼と出会う、その時まで――。




「それで、何の為に此処に来た。貫田橋」

「……時間が無いので手短にお話します、慈島所長」


此方を歓迎しない眼差しを前に、それでも貫田橋は真っ直ぐに慈島に顔を向ける。

どの面下げて、とは思っている。タイミングが悪いことも理解している。
アクゼリュス顕現は既に第四支部にも通達されているだろう。彼女の狙いが愛であることを知っている慈島にとって、一分一秒が行き場の無い殺意が迸る今、かつての部下との再会に精神を裂く余裕は無い。

そして貫田橋にも、過去の行いについて詫び入れ、今の状況を話している時間もゆとりも無かった。よって話は単刀直入に、本題から切り出される。


「神室日和子様からの勅命です。慈島所長、私と共に吾丹場に来てください」

「先見の巫女から……ってこたぁ」

「はい。此処が、運命的特異点です」


”FREAK OUTの眼”、神室日和子の未来予知。彼女が何を視たのか、何の為に慈島が必要なのか、貫田橋は知らない。

敵の狙いが愛であることが分かった時、既にこの分岐点が視えていたのなら、最初から慈島を吾丹場に置いておけば良かった筈だ。だが、愛がアクゼリュスの幻覚に落され、攫われるまで動くなと日和子は告げた。


「……何故、今なんだ」

「……分かりません。ただ、今なら未来が変えられるということは確かです」


雪待と共に吾丹場に居る筈の貫田橋が此処に来た時点で、最悪の事態が起こっていることは予想出来る。それを責め立てることも、今になって自分が動かなければならない理由を問い質すことも投げ捨て、慈島は席を立つ。


「……慈島、」

「……悪いが、留守を頼む」


其処に何が待ちうけていようと構わない。此処で動かなければ彼女が失われるというのなら、自分はただ眼の前を敵を食い荒らす獣になろう。

ゆくりなく示された殺意の行先を前に、慈島は変異させた腕を鳴らした。


「アクゼリュスだろうと何だろうと……彼女に仇なす全てを、喰い尽くしてやる」

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