FREAK OUT | ナノ


御田高校は、騒然としていた。


「おい、聞いたか! 二組の……」

「実野里仁奈だろ!聞いた聞いた!」


その事件は新聞やニュースで取り上げられる事こそなかったが、人から人へ、口伝いに広がったその話は、生徒達を大きいに騒がせた。


「あいつの家、うちのすぐ近所なんだけどよ……俺、あいつの母ちゃんと普通に朝、挨拶してたんだよ。中身、フリークスになってたってのに……」

「実野里さんがずっと学校来てなかったのって、フリークスに襲われたからなんだってね……」

「フリークスが両親になりすまして、実野里さんは風邪って事にされてたんでしょ?」

「俺の兄貴が学校帰りに、あの家の近く通りかかって、見たんだってよ!」

「見たって、何を」

「死体だよ!実野里仁奈の!」

「実野里さん、フリークスに食べられてたんじゃなかったんだって……でも、酷い殺され方されてたらしくって」

「そういえば、また二組に学校来なくなった奴いるよな……まさか」

「あぁ、真峰だからそれはねぇよ」

「真峰、FREAK OUTの能力者に引き取られたらしいぜ。だから、アイツが休んでるのはフリークスにやられたからじゃないだろ」

「じゃあ、なんで」

「さぁ……あ、おい鹿子山!お前、真峰と仲いいだろ?何か知らねぇ?」


バタンと学級日誌を閉じると、笑穂は気の悪そうな面持ちで、クラスメイトを睥睨した。

朝から放課後まで、馬鹿の一つ覚えのように拡げられていくこの話題に心底うんざりしているというのに、その上、この質問。全く腹立たしいと、笑穂は期待の眼差しを向けて来る男子生徒に眉を顰めた。


「知らないわよ。あの子、メッセージにも電話にも出ないし、返さないんだもん」


言いながら、笑穂は鞄に教科書や筆箱を、荒々しく突っ込んでいく。その様を見て、彼女の苛立ちを察する事が出来ていたのなら、男子生徒は最初から彼女に声を掛けたりしなかっただろうし、そも、彼女の耳が届く範囲内で、あのような会話をする事も無かっただろう。思慮と配慮の欠如。それが笑穂を苛立たせている事など露知らず、男子生徒は笑穂の答えに唇を尖らせた。


「なんだよ、使えねぇな学級委員のくせに」

「五月蝿い!!」


いつものように、「なんだと万年赤点野郎」等といった嫌味と共に、軽い肘打ちでもお見舞いされるだろうと思っていた男子生徒は、想像だにしなかった剣幕に面食らい、硬直した。

笑穂は冗談の分かる性格だ。自分達が馬鹿をすれば、それを窘めはするが、ある程度の範囲内であれば簡素な忠告と、時に少し刺さる毒舌で許してくれる。だのに、何故今回はこうも憤慨しているのかと戸惑いつつ、男子生徒は茶化すように苦々しく笑った。


「じょ……冗談だろ……。マジでキレんなよ鹿子山……」

「五月蝿いって言ってんの……一回で分かれよ、猿頭」


しかし、取り繕う言葉すら、今の笑穂は聞き入れてくれなかった。これ以上喋れば容赦しないと鋭い視線を送り、鞄を担ぎ上げると、笑穂は唖然とする男子達の横をすり抜け、教室を出て行った。

バン!と乱暴な音を立て戸が閉められた後、教室内が暫し沈黙に落ちる。その圧し掛かるような静けさに堪え兼ね、笑穂に噛み付かれた男子生徒が「なんだよあいつ……」と呟くと、近くで部活動の予算について話していた女子生徒が一人。それはそれは大きな溜め息を零した。


「ホント、馬鹿だなお前ら。笑穂の前で仁奈の話するだけじゃなく、愛の事まで」

「五日市」


心底呆れたと言うような苦笑を浮かべる女子生徒――五日市藤香(イツカイチ・フジカ)は、彼等が笑穂の逆鱗に触れた上で、不満を抱いているのを見過ごせなかったらしい。
座椅子の背凭れに肘を立て、頬杖を付きながら、藤香はようやっと自分達の失言に気が付き始めた男子らに追い討ちを掛けた。


「愛が休んでた頃、笑穂がどんだけ気落ちしてたか、お前らも見てたろ?その愛が戻ってきたと思ったら、仁奈があぁなって、また愛が学校に来なくなって……。頭も心もぐっちゃぐちゃになってるってのにに、空気読めないこと言うんじゃねーよ」

「……………」

「明日、笑穂に謝っておけよ。それと、仁奈のことを面白そうに話すのも、金輪際やめろ」


藤香の眼は、揃って項垂れる男子達から、斜め後ろの席へと移った。


教員達が、徒に生徒達の不安を煽らぬよう、見世物のようになってしまわぬようにと配慮した為、主を喪った席には花瓶すら置かれていない。つい先日まで、当たり前のように其処にいた実野里仁奈という人間。その痕跡が根こそぎ消えてしまったかのように、彼女の席はがらんどうだ。教科書も、ノートも、ロッカーの中身も、全て彼女の親類が回収し、処分してしまった。

彼女の面影と、校内の其処彼処で渦巻く噂の声が潰えれば、この学校から仁奈の存在は消えて、無くなってしまうだろう。


――自分達も、いつこうなるのか分かったものではない。


藤香は眼を細めると、視線を更に横へ滑らせた。見つめているのは、愛の席だ。

彼女が身を寄せているのがFREAK OUTの人間ならば、愛の不登校に限っては、フリークスに欺かれているのではないだろう。


ならば、彼女の身に何が起きているのか。


さらりと伸びる濃紫色の髪に人差し指を絡めながら、藤香は軽く眼を伏せた。カーテンで閉ざされた窓の向こうに感じる、かの大樹から眼を逸らすように。

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