FREAK OUT | ナノ


(ねぇ、あんたのこと引き取ってくれた人って、どんな人?)


復学した愛が、もう随分回復していることを確認した笑穂は、ある日の昼休み、彼女に尋ねた。


父親が行方知れず、母親が病で逝去し、天涯孤独の身となった彼女が、父の弟子に当たる人物に引き取られることになった事は、笑穂も知っていた。

だが、愛ですらよく覚えていないというその人物が、どんな人間なのかまでは知らなかった為、笑穂は彼のパーソナリティについて問うた。


(なんだっけ、名前……何島さんだっけ)

(慈島さん)

(そうそう、慈島さんだ)


愛と笑穂は、小学生の頃から一緒だった。いつも二人一緒に学校でも公園でも遊び回って、親同士も仲良くなって。そのまま中学高校と共に連れ添ってきた笑穂は、愛の様々な感情に触れてきた。

父親が家を空けがちで、仕事だと言われても納得出来ないと頬を膨らませていた怒り。その父親が失踪してしまった時の絶望。心の寄る辺であった母親が病に倒れてしまった時の不安。その母親すらも失ってしまった時の、大き過ぎる悲しみ。それら全てを、笑穂はずっと、彼女の傍で見てきた。見てきた、だけだ。

彼女の為に掛ける言葉も見付けられず、励ましも同情も出来なくて。だから、愛が日常の中に戻ろうとした時、彼女がこれまで通りでいられるよう、彼女の日常を守り続ける。それが、笑穂に出来る精一杯だった。


だから、最愛の母の死というこれ以上とない悲劇に見舞われた愛が学校に戻ってきて、よく知った顔で笑ってくれるのを見た時。笑穂は、自分のいない場所で、自分の知らない誰かが、彼女を立ち直らせてくれたのだろうと思った。それは一体誰なのか。思い当たるのは、名前すら忘れかけていたその人だ。


(FREAK OUTの人で、あんたのお父さんのお弟子さん……ってのは、聞いたけど。もっとこう、具体的にどーいう人なのかってのが気になってさ)


家族を失った愛が得た、新たな居場所。其処に居るのは、彼女の後見人。慈島志郎だ。

真峰家とは家族ぐるみの付き合いであったが、その真峰家と親交のあった慈島を、笑穂は見た事がない。彼がどんな職に就いているのか、愛とどのような関係にあるのかは、少し前――愛の母親の葬儀の時に聞いていたが、彼の人となりについては何も知らない。

限りなく無知。故に想像も付かないその人が、如何様にして愛の悲しみを取り除いたのか。笑穂は、それが気になっていた。


(……慈島さん、は)


そんな彼女の思いに、どれだけ気付いているのか。愛は、弁当をつついていた箸を止め、軽く俯いたかと思えば、蕩けたような声をポツリと落とした。


(慈島さんは……すごく、優しい人)


思わず口に運びかけていたミートボールを落としそうになる程、愛の声と表情は、幸福感に満ちていた。

それが何を示しているのか、分からぬ笑穂ではない。長年愛の傍にいた人間でなくとも、この有り様を見れば一目で理解出来るだろう。頬を染め、はにかむ彼女が抱く、その想いの名前を。


(私の事、すごく心配してくれて……不器用なんだけど、一生懸命で……。一緒に暮らすようになった初めての朝とか、私の為に頑張って朝ご飯作ろうとして、パンとか焦がしちゃってたんだけどね。残ってたキレイなパン全部私にくれて、自分は焦がしちゃったパン、ガマンして食べてたの)

(慈島さんね、全然料理した事ないんだって。作れるの、うどんくらいだって言ってて……。だから、これからは私が料理しますよ〜って言ったら、困ってたけど、喜んでくれたんだ。今日も、お弁当作ったら、嬉しそうにしてくれて……)

(あ、あと、心配性。学校行く前、いっつも「送ってこうか?」って聞いてくるし、スカート丈とか「短過ぎない?」って気にしてたこともあったし…。それと、慈島さんは煙草吸う人なんだけどね、私が近くにいると絶対吸わないし、近付いて見ようとすると、すぐ消しちゃうの。それと……)


次から次へと出てくる慈島の話を聞いて、笑穂は納得した。悲しみに心を引き裂かれ、打ちのめされていた愛が、その痛みを受け入れ、前へ進む事が出来たのは、希望を得たからだ。

聞いている此方が照れてしまうような話を、嬉しくて仕方ないような顔で語る愛を見ながら笑穂は、彼女の傷んだその心に寄り添い、悲しみから救い出してくれる人が現れた事に安堵した。


しかし、その安寧も、長くは持たなかった。何が起きたのかは分からないが、またも愛は塞ぎ込み、それを慈島は解決出来ずにいるらしい。

余程とんでもない事態になっているのか、それとも、今回は慈島が原因なのか。分からない。故に、笑穂は足を進めていた。通ったこともない道を携帯端末の地図アプリケーションを頼りにして。そして笑穂は、嘉賀崎市に佇むとある雑居ビルの前に辿り着いた。


「……此処が、FREAK OUT第四支部」

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