FREAK OUT | ナノ


人間が嫌いだった。


親が嫌いだった。兄弟が嫌いだった。隣人が嫌いだった。友人が嫌いだった。恋人が嫌いだった。他人が嫌いだった。ありとあらゆる人間が嫌いだった。


それでも彼女は、人の為に戦った。人を守り、人を庇い、人を支え、人に尽し、そして彼女は死んだ。

誰の眼も届かぬ場所で、彼女は自らの体に蝿が集り、蛆が群れるのを感じながら、打ち捨てられたゴミのように死んだ。人の為に戦い続けた彼女を、人は救わなかった。

それが憎くて、恨めしくて、悲しくて、悔しくて――だから彼女は、人間をやめた。


彼女が人を嫌悪しながら、それでも人の為に戦い続けたのは、同じ人であったからだ。

人として人を見捨てられず、人として人を愛し、人として人らしく在ろうとしたが故に、彼女は死んだ。


だから彼女は、化け物になることを選んだ。一切の情け容赦なく、人間を虐げる為に。彼女は――夢路サエは、”残酷”のアクゼリュスとなった。


「アクゼリュス様」


血と脳漿に塗れた口元を拭い終えたアクゼリュスが煩わしそうに振り向くと、其処には蝿と人間を掛け合わせたようなフリークスが、不快な羽音を立てながら飛空していた。


「……アジテイター」


膨れ上がった赤い目玉が大部分を占める頭部に、人間の下顎。黒とグレーの縞模様の体には棘のような毛が生え、胴体部は痩せこけているが腹部は嫌に膨れている。
四本の腕は虫のそれだが、手先は人の形をしており、五本の指が生え、脚も限りなく人に近い形状をしている。

この醜悪なフリークスは、アクゼリュスの眷属であった。名はアジテイター。ランクは≪芽≫だ。

アジテイターはアクゼリュスの眷属の中でも際立って非力なフリークスだ。飛行能力を持ち、索敵と撹乱に優れていることから、彼女はこれを伝令や斥候として各地に遣わしている。


「御指示の通り、眷属達を招集ならび配置しております。直にジェノサイド達も此方に到着する頃合いかと」

「……そう」


頻りに手を擦り合わせながら、へこへこと頭を下げるアジテイターから顔を逸らし、アクゼリュスは血に濡れた全身鏡に眼を向ける。


鏡に映る、若く美しい女。愚かな男の頭部を咀嚼した可憐な顔立ちも、返り血に塗れた肢体も、彼女が人として死んだ時から変わらない。

人として美しく在るということは、人に愛される為に在るということだ。だが、今の彼女には人に愛される必要など無い。
この姿は、餌や苗床を得る為に便利ではある。しかし、擬態して近付くなんて回りくどいことをするまでもなく、人間を捕らえることだって出来るのだ。

彼女がその気になれば、人の頭部など擦れ違い様に噛み千切ることが出来るし、侵略区域には”農場”もある。食事にも繁殖にも困ることは無い。


こうして美しく在り続ける意味など、何処にあるというのか。


眼を閉じ、鏡の中の自分を闇で塗り潰す。その刹那に擬態は解かれ、彼女は在るべき姿へ戻った。


――否。この姿は、在るべき姿などではない。


蠢く醜い翅を睥睨しながら、アクゼリュスは牙を軋らせる。

翅。極彩色を湛えた光り輝く美しい翅。それを無惨に引き千切ったあの男!

あいつには何よりも残酷な死を与えてやらなければ気が済まない。その為にも、今回の侵攻は何としても上手くやらなければと、アクゼリュスは踵を返し、鞭のように撓らせた翅で鏡を叩き倒した。


「そういえば、ケムダーの眷属を見かけましたが、如何致しましょう」

「……ああ、あの女ね」


アジテイターの言うケムダーの眷属に、アクゼリュスは覚えがあった。ちょうど先日、此方に着いた直後に彼女を眼にしたからだ。

つい最近、彼の眷属として服属するようになったが、あれはアジテイター同様、斥候に過ぎないだろう。ケムダーが今回の件で動く気がないことは予想出来ていたからだ。


「放っておいていいわ。どうせケムダーは向こうで高みの見物の心算でしょうし……あまり近くをうろつかないようにとだけ伝えておきなさい」

「かしこまりました」


恭しく頭を下げながら、アジテイターはその場に止まり続けている。もうこれ以上、報告することも無いだろうに。何をしているのかとアクゼリュスは顔を顰める。


「…………まだ何かあるの?」

「あぁ、いえ、その……其方、もうお召し上がりにならないのかと……」


申し訳なさそうに諂うアジテイターの視線の先には、頭だけ齧って捨てた男の死体が転がっている。言うなれば、残飯だ。
それでも、アジテイターは物欲しそうに頭部の欠けた男を見つめ、涎を啜り上げている。性根まで醜い。本当に蝿のような奴だと、アクゼリュスは唾を吐き捨てるように呟いた。


「……卑しい奴ね。いいわ、平らげなさい」


その言葉を待ってましたと言わんばかりに、アジテイターが男の死体へ飛び付く。

真っ先に腹を食い破り、未だ生温かい臓腑を貪り、恍惚に戦慄く彼をそのままに、アクゼリュスは窓の外へと飛び立った。


ターゲットは未だ動きを見せていない。それまでは食べられるだけ食べて、力を蓄えよう。次に相見えた時こそ、あの男を殺す為に。


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