FREAK OUT | ナノ


人がまた一人、死んだ。

ただそれだけのことだと言える光景だ。例え目の前で十人死のうが、百人死のうが何も変わらない。それ程の惨状が、此処にあるのだから。


「彼岸崎副所長、吾丹場市議会役員の避難が完了致しました」

「……そうですか」


要人を乗せた輸送機は全て、無事に離陸した。

本来であればFREAK OUT本部に保護してもらうところだが、生憎、本部のある御田も襲撃を受けている真っ最中と来ている。
ならば、かなり距離はあるが、魔の手が及んでいない他支部に運ぶしかあるまい。

今回侵攻を受けていない支部の中で、最も距離が近いのは第二支部――かの”英傑”が立て直した上野雀だ。
あちらも応援要請を受けて、今頃てんやわんやしているところだろうが、FREAK OUTに資金援助しているお偉い方と聞けば、受け入れ拒否ということはないだろう。

後は、優秀にして聡明な”英傑”に任せておけばいいと、彼岸崎は斃れた部下の死体を跨いで、吾丹場市庁屋上ヘリポートから、燃え盛る街を眺めた。


”聖女”に護られた平和の地も、一夜にしてこのザマだ。
つくづく、平穏や安寧というものは儚く、脆い。そんなことを知りながら、それでも必死に、崩れる砂の城を抱き留めるような真似をしているのだから、彼女は本当にどうしようもない。

彼岸崎は、街を平らげる炎の如く赤い眼を細めながら、呆れたように息を吐いた。


「如何致しますか……。未だ、あちらでは栄枝所長達が戦っていますが……」


そんな彼の姿に、部下達は静かに狼狽しながら尋ねた。


彼岸崎直属の部下数名は、他の所員達のように栄枝を心から崇拝している訳ではない。
故に、彼岸崎に引き抜かれるようにして彼の駒になり、彼岸崎がフリークスの脅威に怯える金持ち達から搾取する甘い汁にありついていたのだが。それでも、栄枝や、彼女を慕う者達に一切情が無い訳ではない。

十怪と、その眷属が攻め入ってくるという第五支部始まって以来の大災害だ。要人の避難も終えたのだから、彼女達に手を貸すべきなのではないか――。


そう偉そうに言えた口でもないのだと自覚していながら、それでも、人として捨てきれないものがあるのか。みみっちい正義感と、目を逸らし切れない罪悪感に駆られ進言してくる部下達を一瞥すると、彼岸崎は踵を返し、蹂躙されていく街に背を向けた。


「後は、各々好きにしてください。犇くフリークス共を相手に戦う、このまま何処へなりと逃げる、この混乱に乗じて誰かを犯す、殺す……自分で選んで行動してください」

「彼岸崎副所長は、どちらへ」

「……私も、好きにしますよ」


突き放すようにそう言うと、彼岸崎は迷いの無い足取りで屋上を後にした。


成すべきことは成したのだ。後は、個人の判断に委ね、自分も自分の思うように行動する。それが許される状況ではないと分かっていても。それでも、”聖女”は沈黙しているのだから、選択の権利は各々の手の中にある。

彼岸崎は、スラックスのポケットに両手を入れ、鼻歌を口遊むように一言置いていくと、軽やかな足取りで階段を下りて、闇の中へと消えた。


「”魔女”は……私に何も命じていませんので」







「市民の避難状況は?」

「百パーセント……とは言えないが、死亡確認が取れていない市民もいるからな。現時点を以て完了したと見ていいだろう」


吾丹場市に設けられた避難シェルター内は、命辛々逃げ延びた市民達で溢れていた。

シェルターはフリークス襲撃時や災害時に備え、数万人が収容出来る規模に設計されている。
手荷物が嵩張る為、随分窮屈になっているようだが、外が落ち着くまで身を寄せあっている間、堪えられるであろう程度の広さはある。

FREAK OUT本部同様、シェルターの出入口にはフリークスを感知し、擬態したフリークスが人間として侵入するのを防ぐ生体センサーが設置されている。
念には念を入れ、避難誘導時、手持ちのセンサーを使って所員達が検査した時も擬態したフリークスは発見されなかったので、この中に紛れ込んだ個体はゼロ。

よって、シェルターを封鎖しても中の人間がフリークスの手にかかって死亡することは無いだろう。

空爆をも防ぐシェルターの装甲をぶち破る程のフリークスが現れるか、市民達自ら外に出るか。そんな馬鹿げたことでもない限り。


「これ以上待っていれば、フリークス共が攻め入ってくるだろう。逃げ遅れた市民は見付け次第テントで匿うことにして、すぐにシェルターを封鎖するぞ!」

「はい!!」


市民の避難が終えたなら、次は防衛だ。

一ヶ所に集められた人間の匂いに誘われ、市街地に散開したフリークスは、徐々に此方に集まってくる。
それを端から潰し、フリークス共を率いる親玉――十怪のカイツールが討たれるまで、ひた堪える。

持久戦になるだろうが、市内を走り回ってくれている同胞達もいる。着々と、侵入してきたフリークスの数は減らされているし、直に、十怪討伐の為、ジーニアスが来ることだろう。夜明け頃には、決着がつくに違いない。
それまでの間、此処で耐え忍ぶというのは訳もないこと、と言うには幾らかヘビーだが。所員達にとって、フリークスを相手取った防衛戦に長時間臨むこと自体は、どうということは無い。

だが、自分達が此処で守りに徹している間に、彼女が十怪と対峙していると思うと、所員達は居ても立ってもいられなくて。
今すぐにでもこの場を放棄して、災害級の化け物に立ち向かう彼女の元へ駆け出したいという欲求にも近い焦燥にやられそうになる。


十怪を前に自分達が出来ることなどたかが知れている。命を擲ち、一瞬の隙を作り出すのがせいぜいだろうし、最悪、彼女の足を引っ張ることになり兼ねない。

だからこそ、此処で自分に与えられた使命を全うし、彼女を信じて夜明けを待つのが最善であると。そう分かっていても、全身が戦慄くのだ。


その衝動から来る震えを堪えるように拳を握りながら、所員達は燃え盛る街の彼方を見据えた。

其処に、自分達が信じるべきものがいるのだと確めるように。


「……これでいい。これで、いいんだ。そうですよね…………所長」


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