FREAK OUT | ナノ
愛と出会うよりも前に、彼女の兄と面識があった。
そう言えば、凡その人が驚くだろう。何せ、長年の親友である愛ですら、このことを知らないのだから。
別段、秘密にするようなことでもないのだし、大したことでもないから誰にも話していないだけのことなのだけれど。
幼稚園に通っていた頃。親とはぐれて迷子になったとこを、彼に助けられた。ただ、それだけのことだ。
彼が何者で、何という名前なのかを知ったのは、小学校に上がって、愛と友達になって、彼女の家に遊びに行ってからだった。
向こうは、私のことなんか覚えていなかっただろう。けれど、私は一目で分かった。
初めて会った時とはまるで別人のような顔付きになってしまったけれど、彼が、あの時助けてくれた人と同一人物であると。
「誠人さん!」
それから間もなく、覚醒してFREAK OUTにいってしまった彼と、再び出会えたのは二年前。
偶然、街中で彼を見付けた私は、思わず駆け出して、声をかけた。
「あ、あの……私のこと、覚えてますか?昔、少し会っただけなんですけれど……」
浅はかな期待と下心を持って駆け寄った。
彼が私のことなんて忘れていても、覚えていなくても、これを機に近付けたらなんて。そんなことを考えていた。
「笑穂、です。愛の友達の……鹿子山笑穂です」
きっとこれは運命だなんて。馬鹿げた夢みたいな言葉に酔いしれて、舞い上がって。
此方を見遣る彼の顔さえ、まともに見えていなくって。
奇跡とかそんな言葉を信じていた頃の私は、彼の眼の中に潜むモノに、何一つとして気付けずにいたのだった。
眼を覚ました時には、彼の姿はなかった。
いつもそうだ。彼は己の衝動に任せ、好き勝手に此方を蹂躙して、後は嵐のように去ってしまう。残るのは、体中を苛む鈍い痛みと、昨晩の痕跡だけ。
「…………」
重たい体を起こすこともせず、笑穂は再び目を閉じた。
未だ色褪せない美しい過去に浸る気はなかった。こんな状況で、綺麗なものばかり思い返すなど、おめでたいにも程がある。何より、虚しいだけだ。
もう、夢なんて見ていられないのだから――。
笑穂は、己の愚行を繰り返し目蓋の裏に映しながら、意識の海に潜り込んだ。
きっともう昼前だろうが、どうでもいい。元より今日は、学校を休むつもりだったのだ。
だから、眠ろう。
床に散らばった制服に皺が出来るのも気にせず、笑穂は乱れたままのシーツの中に身を委ねた。