FREAK OUT | ナノ



(なぁ志郎。もし俺に何かあった時は……悪いけど、家族のこと頼むぜ)


頭の中で、今も鮮明に響く、尊くも呪いめいた言葉が、鎖の如く絡み付き、心臓を締め上げる。

そんな感覚に見舞われながら、慈島は白い花だけで作られた花束を供えた。


(……貴方だけなの)

(あの人が消えて、私まで先立って……ひとりぼっちになる愛のことを救ってあげられるのは……きっと、貴方だけ。私は、そう思うから……貴方に愛を託したいの)


かつてそう言って、この世界で何よりも大切なものを、化け物の血肉を喰らう手に託して逝ったその人が、此処に眠っている。
思い返して、また酷く軋りを上げた胸を抱えることもせずに、慈島はただ立ち尽くすようにしながら、物言わぬ墓石を眺めていた。

もし、彼女が今此処にいたとして。その姿が見え、声が聞けたとしたら。
彼女はどんな面持ちで、どんな言葉で、自分を責め立ててくれるだろうか。

そうしたら、自分はいっそ楽になれるのではないかと、不毛な救いを求めて、慈島は眼を伏せた。

彼がどれだけ願ったところで、きっと彼女は、自分を糾弾してはくれない。そんなことは分かり切っているだろうと、慈島は項垂れた。


(私……絶対負けません。フリークスにも、自分自身にも)


決して手放すまいと固く誓った筈のものを、見送った。

その罪の意識に苛まれること、一ヶ月。
どの面下げて、と言い訳しながら葛藤を続けた果てに、慈島は腹を括り、此処に――華の墓前に足を運んだ。

前々から、訪れなければならないと思っていた。
彼女の最期にも、葬式にも立ち会うことが出来ずにいたのだ。
せめて、墓参りには行かなければと思っていたのだが、身の周りが落ち着き、決心が固まるまで、あれよあれよという間に時が過ぎ――結果、此処に来るまで随分と遅くなってしまった。
重ね重ね、申し訳ない。謝罪してもしきれないくらいだ。

深々と頭を下げてみても、返って来るのは静寂だけ。それが脳裏に反響する声をより大きくしてきて、慈島は痛切に眉を顰めた。

咎められることがないということは、許しを乞うことも出来ないということで。行き場のない辛苦が、胸を苛み続けていくのを、慈島は黙って堪えるしかなかった。
それこそが、自分に出来る贖いだと言わんばかりに。

慈島は空になった手を握り締めて、俯き続けた。


(特に愛は、寂しがり屋で泣き虫だからよ。面倒見てやってくれ)

(愛が、一人でも生きていけるようになるまで……私達の代わりに、貴方が支えてあげて……。私達の分まで、守ってあげて……。あの子…………泣き虫だから……)


そんなことは、無かった。

確かに彼女は涙脆く、膝を抱えることも多かったが、自分が面倒を見たり、支えたりする必要などなかったと言えるくらい、愛は強かったと、慈島は思う。
託されたものを最後まで掴んでいられずにいて、そのことを負い目に感じ続けて、今日まで此処に赴けずにいた、不甲斐ない自分よりもずっと、彼女は強かった。


――いや、これは、過去形にしていいものではないか。


慈島は随分長いこと垂れていた顔を上げて、空を仰ぎ見た。

この青く澄み渡る空は、彼女のいる場所に繋がっている。
力に目覚めた者達が集められる、白い獄。かつて自分も身を置いていたあの場所で、彼女は更なる力を得る為に、励んでいるのだろう。

こうして自分が、行く宛のない感情に毒されて、腐っていっている間にも。彼女は自らが成すべきことの為に、戦い続けている。


(近くにいれなくても、離れていても……俺は、君と共に戦う。君一人に、全てを背負わせはしない。だから、二人で全てを終わらせて……もう一度、此処で暮らそう)


また、誓いを反故にして、どうする。

幾つもの祈誓を握り潰してきた身で、これ以上を重ねてはいけないと、慈島は再度、拳を握り固めた。


この手は、”怪物”の手。化け物を喰らい、化け物に近付いていく、罪深き手。
これを取ってくれた少女が願う限り、立ち止まってはならない。

例え、この先に待つものが破滅であるとしても。ただそれだけが、唯一の贖いであり、彼の存在理由であるのだから。


「…………一緒に、全てを終わらせよう、愛ちゃん」


いつか、彼女に囁いた言葉を呟いて、慈島は踵を返した。

同時に吹き抜けた風が、手向けた花から白い花弁を引き剥がし、空へと散らしていったのを、振り仰ぐこともせず。

慈島は歩く。不穏にざわめく絶望の象徴へと繋がる、血の道へ。


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