FREAK OUT | ナノ


ある一線を越えてしまえば、それは拍子抜けする程、すんなりと手に入るものである。

人が立って歩けるようになること、自転車に乗れるようになることにも似ている。
出来るまでが長くとも、一度出来てしまえば、取り立てて意識して行うまでもないことになる。
能力も、そういうものであったと思う日が来たのは、長かったようで短かったような。短かったようで長かったような。

そんな、血反吐を吐きながら過ごした訓練生活を思い返しながらでも、能力を操れるようになった辺り、自身の成長を感じる。

思わず口角が上がりそうになるのを堪えながら、愛はランダムに飛び回る複数の的目掛け、黒い光を放った。


「……この訓練も、最早意味がないな」


感心を通り越していっそ呆れた様子の教官・流瀬の声に、愛はふぅと安堵の息を吐いた。
と同時に、全て中心部のみを抉り取られた的が、ボトボトと床に落下していく。

最初は、的一つ狙うだけでも精一杯だった。
なんとか当たっても掠るのがやっとで、的の中心部を的確に穿つなど、到底無理だと思っていた。
それが今や、ただの一回。背中から拡散した黒い光の羽で、全ての的の中心を射抜けるようになったのだ。

この大いなる進歩。自分に表彰状でもあげたい気分だと、愛はフェイスタオルで汗を拭いつつ、にやけてしまう顔をそれとなく隠した。
慢心するな、と叱られてしまうのを防ぐ為である。

愛自身、まだまだ自分は未熟であると思っているし、現状に満足してはいない。
つい一ヶ月前まで、発現するのがやっとだった能力――英雄活劇(ヒロイズム)には、想像以上の伸び代と、汎用性があった。
流瀬が組んだトレーニングで、一つ一つ、自らの力が持つ可能性に気付き、物にする度、愛はもっと強くなれるかもしれないと、貪欲に次のステップを求めてきた。

今も、そうだ。

動く標的に対する、精密なコントロールを得たことを、非常に喜ばしくは思うが、これで終わる気は毛頭無く。
成長の余地があるのならば、突き詰めていきたいと、愛は考えている。
それを分かっているからこそ、流瀬は愛が顔を緩ませていることに気付いても、何も言わずにいたのだが――否。
正確には、想像を遙かに上回る愛の成長速度に、流瀬は言葉を引き出せずにいた。


愛が此処、養成機関RAISEに来て、一ヶ月が過ぎた。

初めに彼女の能力を見た時、流瀬は、一ヶ月後には能力を発現しても倒れずにいられる程度までいければ上々かと、そう思っていた。

かの”英雄”の娘の名に恥じず、愛は途轍もなく強大な力を有し、故に、その力に食われかけていた。
だから流瀬は、愛が能力を制御出来るようになるまでは、大層時間が掛かることだろうと考えていたのだが――彼女は凄まじい速さで自らの力を律し、次々と流瀬が出す課題をクリアしていった。

この、動く的を狙うトレーニングだって、つい一週間前に出したものだというのに。
翼の動かし方を身に付けてから、まさに飛躍的と言うに相応しい速度で成長し続けている愛を、流瀬は寧ろ、危惧していた。

恐ろしいスピードで強くなっていく彼女が、生き急いでいるようにしか見えなくて。
いつしか流瀬は、愛に可能な限りブレーキをかけさせていく方針を取るようになっていた。


――いや。思えば最初から、自分は彼女に最大ではなく最小を選ばせていたか。


もう随分昔のことのように思える、一ヶ月前のことを回顧しつつ、流瀬は水分補給用のボトルを愛に投げ渡した。


「暫く体を休めておけ。次の訓練は二時間後に行う」

「私、まだいけます。流瀬教官」

「調子に乗るな」


急く愛に、流瀬はぴしゃりと言葉の冷水を浴びせた。

愛は、自らの力を過信してはいない。強くなりつつあることに、驕っている訳でもない。
しかし、能力を使いこなせるようになってからというもの、彼女はちょくちょく、見えなくなっているのだ。

平然と発現出来るようになってきたこの力が、容易く自らを壊してしまう危険性を孕んでいるものだということを。


「何度も言ってきたが……我々の能力というのは、肉体に及ぶ負荷を危険視した脳が封じていたものだ。発現すれば、多かれ少なかれ、身を削られる。
訓練によって、一度に削られる量が減ったとしてもだ。能力発現の度に、消耗していることを忘れるな」


此処に来たばかりの頃のように、発現するだけで倒れるようなことはなくなった。
自らが飲み込まれる程に大きな力を、必要最低限まで小さく留めて引き出すことで、負荷を減らした為である。

蛇口を捻れば捻るだけ、水が出るのと同じように。能力の出力を上げれば、それだけ体にかかる負担が大きくなることは、変わっていない。
少しでも気を緩め、力の放出を強めれば、それだけ身を蝕まれることを、愛はしょっちゅう失念する。

それこそが、彼女の唯一にして最大の傲りであると、流瀬は顔を顰めた。


「……そら、言った傍から」

「…………あ」


つうっと鼻から伝い落ちた真新しい血液を、愛は慌ててタオルで押さえた。

連続して能力を発現したり、出力を上げたりすると、愛の体はすぐさま異変を訴える。
発汗、発熱、吐き気、眩暈、出血――。そうした症状が出る前に留めることが出来なければ、能力に振り回されているも同義なのだ。

散々に言い聞かされてきたことじゃないかと、愛は、自らを過信していたことを痛感し、項垂れた。


「繰り返す。次の訓練は二時間後だ。それまで、十分に体を休めておけ」

「……はい」


もっと、強くならなければならないのに。
早く、彼の待つ場所へと向わなければならないのに。

そんな焦燥感を抱えながらも、力に喰われて倒れてしまっては元も子もないと、愛は大人しく訓練室を後にした。


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