FREAK OUT | ナノ


扉が竦み上がる程の大声量に、愛は思わず数センチ跳ね上がった。

その横で、壮絶に険しい顔でドアを睨んでいた慈島が、間髪入れずに響いたドンガラガッシャンという音を聴くや、ぴきりと額に青筋を浮かばせた。


「もー、やめなって二人共!もうすぐシローさん来るんだから!」

「うるせぇ!吹っかけてきたのはコイツじゃねえか!!」

「だからってお前も、此処で能力使うんじゃねーよ。また家具が焦げるだろ」

「ピギャーーギャーーギャーー!」


一体、オフィスでは何が起きているのか。慈島の言葉を思い返しながら、自分が思っていたより此処はとんでもない所なのかもしれないと、愛は顔を強張らせた。

早速やらかしてくれたものだと慈島が怒りを込めてバン!と乱暴に扉を開く。すると、隔てるものを失った騒々しさが一瞬でスンと静まった。


「……朝から何をしているんだ、お前ら」

「慈島殿」

「よぉ、所長」


あからさまに苛立っている慈島の声に驚きながら、愛は彼の後ろからそぉっと顔を出し、中の様子を窺ってみた。

まず視界に飛び込んできたのは、慈島に声をかけただろう二人。鉄パイプを持った目付きの悪いの少年と、刀を握る精悍な顔つきの少女だった。どちらも金髪であったが、前者は染めたもので、後者は天然ものだろう。それがこの二人の性格を現しているようだ――などと考察していると、次第に彼等を囲む周りの人間達も眼に入ってきた。


「おはようございます、シローさん!いやー、すみません朝から。これでも俺ら止めたんですけど……」

「いつも通り、悪垣(ワルガキ)が聞く耳持たなかった訳だ」

「はぁ?!一番話聞かないのはこいつだろうがよ!事務所来るなり、いきなり抜刀だぜ!?」

「いきなりではない。私はまず、貴様に今日こそ報告書を持ってきたかと尋ねた筈だ」

「……もういい、お互いエモノをしまえ。朝から無駄に体力を使うな」

「ンフフフフー、おっこられてるー♪」

「うっせー黙ってろ、糞ガキ。サンドバッグにすんぞ」


事務所にいる人間は、慈島と愛を除いて計五人。

この騒ぎの発端たる二人と、それを止めようとしていた青年と壮年の男。横で笑って見ていた幼い少年が一人。皆一様に黒い衣服を身に纏う彼等が、FREAK OUT第四支部慈島事務所の構成員。父や慈島と同じ、異形の化け物と戦う能力者達だ。


此処に来るまで、愛は父親以外の能力者と殆ど会ったことが無かった。故に、一ヶ所にこれだけの能力者が集っている光景を見たのもこれが初めてになるのだが――旋毛から足の指先まで満たしていくこの感覚を言い表すのであれば、圧巻であった。

此処に居るのは、選ばれし化け物殺しの戦士達である。自分と歳の変わらない少年少女も、未だ年端もいかないような子供も、皆何等かの能力を以てして、フリークスと戦っている。その雰囲気に圧倒されて、愛が慈島の後ろに佇んでいると、鉄パイプを適当に立てかけた少年に見付かった。


「へぇ……そいつが”英雄の娘”か」


びくりと肩が跳ねる程に、悪意の篭った声を掛けられた。恐る恐る眼を向ければ、此方を値踏みするような視線とかちあって、愛はさっと顔を逸らしたが、良いオモチャを見付けたかのようなその眼は此方を逃がしてくれなかった。


「ハハッ!成る程、如何にもな顔してんなぁ。行方知れずの”英雄”に置いていかれた、悲劇のヒロイン様って感じの面してるぜ、お前」


ざわりと髪が逆立つような感覚に見舞われた直後、視界が慈島の背中によって遮られた。
あの少年から庇ってくれたのかと、愛が狼狽していると、いつも以上に低い慈島の声がオフィスの中にズンと響いた。


「……前言撤回だ。太刀川、お前は抜刀を許可する。嵐垣、お前はそのまま斬られろ」

「御意」

「っだーーー!冗談だっつーの!!太刀川、てめぇもマジで抜くんじゃねぇよ!!」


閃く刀を前に少年――嵐垣が、勘弁しろと両手を顔の横に上げて降参のポーズを取ると、太刀川と呼ばれた少女が慈島の顔を見遣った。本当に斬らなくていいのかと確認してきたらしい。慈島が小さく首を横に振ると、太刀川は流れるような動作で、刀を鞘に納めた。
悪い冗談はこれで終わりだと、慈島は深い溜め息を吐きながら、愛の方へと向き直った。


「早速、俺の部下がすまない……。あいつには、後でまた言っておくから……」

「あ、いえ……ご心配なく」


自分で言いながら、心配をかけるような反応をしてしまっただろうかと、愛は顔を曇らせた。気にしていないと言えば嘘になる。だが、其処まで堪えてはいない筈だ。絶妙に重苦しい胸元をぎゅうと握りながら、愛は努めて明るく笑ってみせた。

本当に大丈夫だろうかと愛を案じつつ、兎に角やるべき事を手早く済ませて、疾く此処を引き上げようと、慈島は所員達に愛を紹介した。


「……紹介する。この子が、真峰愛ちゃん……お前ら知っての通り、”英雄”の娘さんだ」

「よ、よろしくお願いします!」


此処に来るまで、あれこれ考えていた挨拶は役に立たず。簡素極まりない言葉だけで終えてしまった事を、愛が即座に後悔していると、パチパチとまばらな拍手が鳴り響いた。

取り敢えず、歓迎してもらえたようだ。ファーストコンタクトとして上等ではなくとも、そこまで酷くもないだろう。落ち込むのは止めようと愛が自分に言い聞かせると、パンと大きく手を鳴らす音が響いた。


「さて!それじゃあ覚えやすいように、名前順に自己紹介していこうか!」


場の微妙な空気を散らすような明るい声。その発信源を辿ると、にっこりとした人懐っこい笑みに当たり、愛はぱちくりと瞬きした。


「俺は芥花想平(アクタゲ・ソウヘイ)!気軽にソーヘイって呼んでね!」


背の高い、黒縁眼鏡が特徴的な青年・芥花は、恐らく慈島の言っていた「まともな方」に属する人間なのだろう。オフィス内が三割増し明るくなるような笑顔を向けられ、愛は緊張で強張っていた体が、じんわりと和らいでいくのを感じた。


「シローさんから話は聞いてるよ!色々大変だったみたいだけど、これからは俺らも協力するからさ!よろしくね、めーちゃん!」

「は、はい!よろしくお願いします!」


自然に手を取られ、握手を交わしてくれた芥花に、愛は内心ほっと一息吐いた。

慈島が不在の際、有事となればこの中の誰かに助けを求める事になる。その時、真っ先に頼りにして大丈夫そうな者が見付かったので、安堵したのだ。一先ず芥花は気兼ねなく声をかけて良い人間だと胸を撫で下ろした所で、愛の体をびくりと震わせたのは、あの少年であった。


「名前順……だと次は俺か」


長らく続いてくれない安心感に、愛は身を縮ませた。彼の声に含まれた、目立ちすぎる棘が、そうさせたのだ。愛が露骨なまでの反応を示してくれたのが面白かったらしい。少年は非常に愉しそうな顔で、自己紹介してきた。


「俺は嵐垣出雲(アラガキ・イズモ)。”英雄の娘”様からしたら、俺みてーな能力者なんざ覚えるに値しねぇだろうが、よろしくな」

「嵐垣、」

「だぁーから、一々睨んでくれんなっての。あんま過保護にしてっと、お嬢様がいつまでも自立出来ねぇぜ?」

「その方が都合いいんじゃないですかぁ?お嬢様にしても、所長にしても」


嵐垣の言葉に答える間も与えられず、毒気に満ちた声が浴びせられる。変声期前の子どものそれとは思えない粘り気と攻撃性を持つ声の主は、十歳前後であろう幼い子どもだった。

眼が大きく、丸い頬と細い顎のラインが美しい線を描く、可愛らしい顔付きの少年。ソファの手すりに腰掛ける体は細く、四肢もしなやかで、半ズボンから伸びる脚は良く出来た人形のようだ。その愛くるしさを台無しにするような毒々しい笑顔で、少年はクスリと愛を嘲る。


「篠塚……お前までふざけたことを吐かすなよ」

「あっ、ごめんなさーい。ボクなんかいけないこと言っちゃってましたぁ?」


わざとらしく甘ったるい声でそう言うと、少年はくるりと体を一回転させて、稚けない動作でお辞儀した。


「じゃあ自己紹介しまーす。ボクは篠塚賛夏(シノヅカ・ザンゲ)。この事務所では一番の新参でーす。ボクのことも気軽に賛夏くんって呼んでくださいね。おーじょうーさーまぁーっ」


そのような物言いをすれば、また慈島に睨まれることは分かっているだろうに、それでも愛をおちょくってやりたりたかったらしい。案の定、慈島に研いだ牙の如き視線を向けられても平然としている賛夏を咎めたのは、凛と通る女の声だった。


「いい加減にしろ、貴様ら。真峰殿に無礼であるぞ」


今のご時世には物珍しい、古めかしい言葉遣い。それが滑稽にならず、型に嵌っていると感じられるのは、彼女の刀を彷彿とさせる姿勢の為だろうか。真っ直ぐ伸びた背筋に、曇りのない眼差しと、凛々しい面持ち。そう歳が変わらないのに、自分と随分かけ離れた佇まいの少女――太刀川を、愛は呆然と見つめた。


「んだよ。お前まで”英雄”の肩書に媚びんのかよ、太刀川」

「笑止。”英雄”の名を過剰意識しているのは貴様らであろう嵐垣、篠塚」


まさに一刀両断。太刀川は正面から実に堂々と、嵐垣と賛夏を切り捨てた。


「この御仁を卑下することで、自分が”英雄”を上回ったに気にでもなっているのであろう。そんな浅はかな思考の者に何を言われようと、私の態度は揺るがん」

「あぁ?!」

「まぁまぁ。ガッキーも咲ちゃんもその位にしなって」

自分達が来る前もこんな調子で衝突したのだろう。嵐垣と太刀川は悪く、さながら水と油のようであったが、それを出来る限り混ぜ合わせる役回りにいるのが芥花らしい。一触即発の二人の間に割って入り、どうどうと両者を宥めると、張り詰めていた場の空気がほんの僅かに緩んだ。


「あんまり間置いたら、めーちゃん俺の名前忘れちゃいそうだしさー。一先ずあれこれ置いて、どんどん進めていこう」

「……芥花殿の言う通りだな」


己を戒めるようにそう言うと、太刀川は愛の方に体を向け、その場にざっと跪いた。いきなり膝を付かれ、一体何事かと愛が戸惑う中、太刀川はさらりと金色の髪をしな垂れさせながら、まさに真剣そのものと言える面を上げる。


「お見苦しいものを見せてしまい、失礼した。私は、太刀川咲(タチカワ・ショウ)……以後、お見知りおきを」

「そ、そんなそんな!あの、私何も気にしてませんので、大丈夫ですので!」


どうも太刀川は、客人の前でみっともなく諍いを起こした事と、嵐垣達の非礼について気にしていたらしい。しっかり詫びねばと跪き、頭を下げるその姿に、愛は其処までしてくれなくていいと恐縮した。

色々と変わったところはあるが、彼女も恐らく、慈島の言う「まともな方」側の人なのだろう。徐々に鈍りつつある感覚でそんなことを思いつつ、愛は膝を伸ばして立ち上がった太刀川と、面白くなさそうな顔をしている嵐垣・賛夏にそれぞれお辞儀した。


「太刀川さんと……嵐垣さん、賛夏くんも……これからよろしくお願いします」

「はぁー、やーっと俺の番かぁ。全く、お前ら初対面で位いい顔しとけっつーの」


愛が頭を上げて間もなく、ごちん!と鈍い音と共に、嵐垣が短い悲鳴を上げた。壮年の男に拳骨を喰らったらしい。あの音からするに、たんこぶが出来るのではないかと愛が案じていると、嵐垣がギロリと男を睨み付けた。


「いっでぇな!何すんだよオッサン!!」

「悪い子にゃゲンコツって決まってんだよ。ちっと反省しとけ、悪垣」

「なんで俺だけ」

「大体お前のせいだからだ……っと、悪い悪い。また脱線しちまうとこだったな」


不服そうに此方を睨む嵐垣をそのままに、男がニカッと快濶に笑う。

男は、恐らく四十代くらいか。慈島以上に逞しい体つきと、程よく貫禄のある顔立ちから、頼り甲斐がありそうな印象を受ける。派手な紫色のシャツと口元の髭は、ヤの付く商業を思わせるが、近寄り難い雰囲気は無い。


「俺は徳倉譲(トクラ・ジョウ)。見た目の通り、此処の古株だ。なんかあったら遠慮なく聞いてくれ」

「は、はい。よろしくお願いします」


握手の為に伸ばされた手は、がっしりと力強い。この人も、頼って大丈夫な人だと安堵しながら、愛はようやく全員に挨拶出来たと胸を撫で下ろした。


「これで全員か」


計五名。人数として多くないが、随分と長い時間が経った気がするのは、緊張のせいだろう。ほっと一息吐きつつ、嵐垣や賛夏とも今後打ち解けられるよう努めねばと愛が背筋を伸ばした、その時。


「オレモイルゾ!オレモイルゾ!」


鼓膜を劈くようなけたたましい声に、愛の体がびょんと跳ねた。

そういえば、部屋に入る前に騒いでいた声はもう一つあった。ピギャーと喧しく鳴き喚いていた、インコの声が。


「びっくりしたでしょ!このインコはフクショチョー!これでも立派なFREAK OUTの能力者なんだよ!」

「オレ、フクショチョー!フクショチョー!イツクシマジムショノ、フクショチョー!」

「そう、なんですか……」


得意気な顔をして芥花の肩に止まるオカメインコは、慈島のデスク脇に置かれた鳥かごに居た、あの鳥だ。誰かのペットか何かを預かっていたのかと思っていたが、まさかFREAK OUTの能力者だったとは。

インコが言葉を話すものとはいえ、異常なまでに言葉巧みで、会話が成り立っているのもその為だろうかと、愛は胸を張るように黄色い羽毛を膨らませるインコをしげしげと見つめた。

セフィロトの花粉は、脳に眠る超能力を目覚めさせるという。覚醒を遂げたインコの脳が発達し、人語を操るようになったというのも、頷ける話だ。しかしまさか、人間以外にも能力を持つ者がいるとはとインコを観察していた愛は、ある疑問を芥花に尋ねた。


「それで、この子の名前は?」

「ん?フクショチョーだよ?」

「………それ、名前なんですか?」

「うん。ディス・イズ・フクショチョー」

「フクショチョー!フクショチョー!」


てっきり役職が副所長で、ピーちゃんだのオカメちゃんだのといった名前があるのだと思っていたのだが、フクショチョーが正式名称らしい。確かに、「オレ、フクショチョー」と名乗っていたが――他にもっと良い名前があったのではないかと愛は、自慢げに自らの名前と連呼するフクショチョーを哀れんだが、彼自身この名前が気に入っているようだし、これでいいのかと要らぬ憂慮が消えたところで、芥花が再び手を打ち鳴らした。


「さて!これで全員紹介はおしまいだね!」


五人と一羽、それと慈島の顔を見回して、愛は深く息を吸い込んだ。

これからの生活は、彼等と密に関わっていくことになる。何かと不安に思う事はあるが、不思議とどうにかなりそうな気もする。愛がぎこちなくも柔らかな笑みを浮かべると、芥花が明るい声で歓迎の言葉を上げた。


「改めて、慈島事務所にようこそ、真峰愛ちゃん!今日から一緒に、目指せ侵略区域奪還!!頑張ろーう!!」

「…………え?」

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