FREAK OUT | ナノ


「……いただきます」


テーブルの上の状態を簡潔に述べるなら、悲惨。それに尽きた。と言っても、愛の前に並べられたものはまだ朝食として成立しており、凄惨を極めているのは慈島の皿の上だけであった。


「ごめん、愛ちゃん……今、そんな物しかなくて」

「い、いえ……私、コーンスープ好きなので……」

「明日からは、普通に惣菜でも買うから……ほんと、ごめん……」


そう言いながら黒焦げになった食パンを口にする慈島を、愛は悲哀の眼で見つめた。
オーブントースターのタイマー設定を間違えたらしい。

幸いにもまだ食パンには残りがあったので、愛は普通に程よく焼けたトーストにあり付けたのだが、枚数の都合により、慈島は石炭のようなパンを四枚食べる事になった。この状態になっても責任持って食べようとする所が、実に彼らしい。

その黒炭パンの隣にある所々黄色い物体は、目玉焼きになれなかった卵であった。慈島曰く、パンだけでは栄養に欠けるのではと思い、十数年ぶりに作ろうとして、見事に失敗したらしい。

卵はそれでなくなったらしく、愛の朝食はトーストとインスタントのコーンスープだけになったが、慈島の皿を眼の前にすると、それで十分だと言わざるを得なかった。黒焦げのパンの上に卵の末路たる物体を乗せ、ろくすっぽ咀嚼せずにコーヒーで流す慈島を見て、どうして文句が言えよう。眼に見えてしょぼくれている慈島を眺めながら、愛は狐色のトーストをはむりと食んだ。


恩人の娘を引き取ったからには朝食一つ手を抜いてはいけないと、普段ろくにしていない料理に挑んでみたものの、慣れない作業に手間取り、盛大に空回りしたのだろう。

初日からこの調子で自分は――いや、愛は大丈夫なのかと、落ち込む慈島を暫し眺めた後。愛は意を決したように、ぽつりと呟いた。


「……明日からは、私が作りますよ」


ジョリと聞くに堪えない音を立てる焦げたパンを噛んだまま、慈島が固まる。

苦くないのか。いや、苦いに決まっているかと愛が見つめる中、慈島は慌ててパンを嚥下した。


「いや、そんな……君に家事をやらせる訳には」

「私、これでもマ……お母さんが入院してる間、自分でご飯作ってたのでそれなりには出来るんですよ、料理。これから慈島さんには色々とお世話になりますし……朝ご飯に限らず、料理は私がやりますよ」

「でも」

「……慈島さん、生活費も学費も『全部』俺に任せてくれ……って言ってくれましたよね」


朝食からこんな有り様なので、愛に気を遣わせてしまったと慈島は焦っているが、愛は彼の料理の腕がどうであれ、食事の用意くらいはしたいと考えていた。

今日から愛は此処の居候で、慈島によって保証された生活を送り、自立出来るようになるまで面倒を見てもらう身だ。幾ら慈島が構わないと言っても、何もしないまま世話になっていては、ばつが悪い。

学校に通いながら家の事をやってきたので、無理なく出来る範疇は弁えている。だから、最低限家のことは手伝わせてほしいと、そう思ったのだ。

またもや廻りあわせが悪く、こんな形で名乗り出ることになってしまったが、決して慈島に気を遣っているからとか、朝食の出来栄えを見て絶望したからではないのだと、愛は家事の協力を申し出た。


「私じゃどうにもならない事は、お言葉に甘えてお任せします。でも……私に出来る事はやらせてください。……迷惑じゃなければ、ですけど」


愛の眼に、嫌々だとか、仕方ないからといったものは感じられない。彼女が心からそう言ってくれている事が、嬉しくもあり少し悲しくもあるのは、自分の不甲斐なさ故だろう。慈島は口の中に残る黒炭食パンをコーヒーで流し込み、深々と頭を下げた。


「……ごめん。じゃあ、お願いしていいか、な……」

「はい、お願いしてください」


本当ならば、この健気な申し出も断っておきたかった。世話になる事に負い目など感じず、学生の本分たる学業や部活動、友人との交友に思う存分専念してくれと、そう言ってあげたかった。だが、このの惨憺たる食卓を前に理想は砕け、同時に妥協が生まれた。
己の不器用さを呪いながら、愛の厚意に甘えることを享受した慈島は、深い溜め息を吐きながら手元に残る食パンを無理矢理口に押し込んだ。


それとなく愛を見遣ると、彼女は幾らか明るくなった顔をして、むしゃむしゃとトーストを食べ進めていた。

暫く会わなかった間に、随分大きくなった。今年で十六歳になると聞いていたが、あの小さな女の子がもう家の事を任せられる位になっていたとは。自分が思っていたよりもずっと、彼女は大人になっているのだなと、慈島は眼を細めた。


「そっか……愛ちゃんは料理出来るんだね……。俺は全然出来ないから、尊敬する……」

「慈島さん、いつも何食べてるんですか?」

「…………うどん、とか」

「ふっ!」


予期せぬ返答に、愛はマグカップを持ったままぷるぷると震えた。

三枚目の炭パンを齧りながら、真顔で何を言うかと思えば、うどん。そのシュールさに込み上げる笑いを堪えていると、そんなに可笑しな事を言ったかと慈島が戸惑ってしまったので、愛は慌ててフォローを入れた。


「ご、ごめんなさい……。ふふっ……慈島さん、うどん食べるんですね……」

「……何食べてそうに見える?」

「うーん、和食系ですかね。あ、ちなみに私、肉じゃがとか作るの得意なんですよ。せっかくですし、今日の夕ご飯に作りましょうか」

「肉じゃがか……すごく久し振りに食べるから、楽しみだ」

「ふふふ、期待してくださいね。新生活初日なので、気合い入れて作ります」


慈島は結局、愛にとって何がそんなに面白かったのか分からなかったが、いつの間にか普通が出来ていたので、これで良いかと残ったパンを口に押し込んだ。

あと一枚で片付くというのに気が遠くなるような苦さだが、明日からは狐色のトーストと綺麗な目玉焼きがこの皿に鎮座してくれる事を思えば、どうにか堪えられた。

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