FREAK OUT | ナノ


「ありがとうございましたー」


苛立ちを散財で晴らそうとするのは止めるべきであったと、愛はずっしりと重いスーパーの袋を両手に持って、後悔した。

使う当てのない物や、馬鹿高い物を無作為に購入してはいない。愛が使う金は、慈島から渡されたものであり、彼の稼ぎである。
小遣いだけでなく、食料品に使う資金も、当然彼から渡されている。
慈島は、「それなりに稼いでるから、あんま気にしないでいいよ」と言っているが。はいそうですかと何も考えずに買い物出来る程、愛は無遠慮ではない。

だから、近場のスーパーで安売りしていた醤油や味醂、それと今日の夕飯に使う肉と野菜――と、慈島から預かった金を使うに値する物で散財した。
有意義な買い物であるだけ、まだマシであった。しかし、重い。持ちきれない程ではないが、一人で持って帰るには、かなりの重量になってしまった。

愛は、やっぱり味噌は買うべきじゃなかったとか、キャベツは半玉にすべきだったと後悔しながら、勢い任せに歩いて来た道をとぼとぼ引き返した。

頭に昇っていた血が引くと、それに伴って気分も落ちていく。
どうしてこんなことに、と、重たい袋を持って歩く度、嵐垣の言葉や、一度引っ込んでくれた筈の不安が、脳裏にちらついて。
愛はそれとなく、道沿いに並ぶ店のショーウィンドウに目を向けた。


其処に映っているのは、時化た顔をした女子高生である。

両親を知る者には口を揃えて「父親似」と言われ、その度に機嫌を損ねていた顔。
父親の顔は、そこまで悪くはない。だが似るのなら、誰からも美人と評価されていた母親がよかったと、愛は一層しょぼくれた。

母親は髪の色素が薄く、色白で睫毛の長い、儚げな印象の女性で、まさに人形のようと比喩するに相応しい美貌を持っていた。
そんな彼女に似ていたのなら、嵐垣にもあんな風に言われなかったろうに…と、特に父親に似てると言われた口を尖らせながら、愛はふと、咲のことを思い出した。

美人と言えば、彼女もそうだった。母親とはまるでタイプが違うが、咲もまた、美しい顔立ちをしている。
凛と精悍な顔つき、しっかりとした目鼻立ち。加えて彼女は体型にも恵まれており、あちこち成長が見られない愛が望む、長い脚と豊満な胸を持っている。

うちの事務所にはいつになったらまともな女っ気が足されるんだか、と嵐垣は言っていたが。あれは、愛には女として外見的魅力がなく、咲は内面に問題があるという意味だろう。
上手い皮肉を言ってくれるものだと、愛は今になって増してきた悔しさに歯噛みし。そうして、ただでさえ可愛げのない顔が歪んでいくのを見て、愛は虚しいと肩を落とした。


(まぁそういう訳だから、安心するといいよ、めーちゃん。シローさんもしょーちゃんも、超がつく真面目人間だから、めーちゃんが心配するようなことにはならないよ)


芥花は、そう言ってくれたが。
咲のような美人でさえ、そうした目で見られていないのなら、自分はどうしようもないじゃないかと愛は項垂れた。

顔にも、体にも、中身にも、自分が自信を持てるところなどないし、他人に褒められるところもない。どこもかしこも劣等感を纏っていて、見っともない。

そんな自分が、どうしたら慈島に見てもらえると――と、袋を握る手に更に力を込めた時だった。


「オイ待てよ!ホントに行くのかよ?!」

「あったりまえだろ!お前、ビビってんのか?!」

「オ、オレはビビってねぇし!!」

「オレだって!!」


すぐ後方から聞こえる、焦りや高揚の声。
何となく振り向いて見ると、ランドセルを背負った少年が三人。何やら軽く悶着を起こしていた。

子供ならではの、仰々しい騒ぎ様に思わず意識を取られたが、愛は関係のないことだと前に向き直し、溜め息を吐いた。


自分も、あの位の年頃には何も悩みなどなく、思うが侭に駆け回っていられたのに。
未だ十五歳だというのに、老け込んだことを考えてしまったと、愛は一層気を落としながら、早く帰ろうと一歩踏み出した。

三人の中で、一番興奮している様子の少年の言葉が、愛の足を再度止めたのは、その直後であった。


「だいじょうぶだって!FREAK OUTがいんだから、フリークスはオレらんとこ来ねぇよ!せっかくなんだし、見にいこうぜ!」

「――!!」


慌てて振り返った時、少年達はバタバタと駆け出し、そのまま曲がり角へ姿を消してしまった。

彼等が向かった方角には確か――と、愛はおぼろげな記憶を掘り起し、事務所へ向けていた足を其方へ運んだ。

嫌な予感が、心臓を駆り立て、息を荒げる。それでも、先程まで感じていた荷物の重さも忘れ、愛はひた走った。


(奴が次に現れるとしたら、現時点での潜伏予測範囲内からするに……可能性が高いのは、この四ヶ所。
夜間の人気が少なく、かつ、近くには隠れるのに最適な廃屋や、鉄道下のトンネル、ホームレスの溜まり場がある……。
一人暮らしの多いアパートや、社寮も点在しているしな……闇に乗じて潜み、人間を喰うのに、最適なのはこの辺りだろう)

(俺と来い。此処から一番近いポイントから回っていくぞ)


少年達が走って行った方には、かなり距離があるが、ホームレスが集まる緑道公園がある。
その公園は繁華街近くに位置し、治安も良くないので近付かないように…と慈島に言われていたのを、愛は覚えていた。


「おい、あっちか?!フリークスが出たっていうのは」

「緑道公園の方から逃げてきたらしいぞ……今、FREAK OUTが交戦してるらしいが」


擦れ違う人々のざわめきが、走る度に大きくなっていき。それに伴い、空気に何か、淀みのようなものが感じられるようになっていく。

それを潜り抜けるようにして脚を動かし、我武者羅に進んでいった先。野次馬に来た市民達が群がるその場所で愛が目の当たりにしたのは――。


「う、うわあああああああああ!!!」


鮮血と、宙に舞い上がる腕。青ざめた顔で叫ぶ男と――血濡れた刀を握った、太刀川の姿だった。


「…………太刀川、さん?」

「キャアアアアアアアアアアアアアア!!!」

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