FREAK OUT | ナノ


今日も今日とて、多忙な慈島を気遣って手伝いに来た愛だが、非能力者である彼女に出来るのは、本部や他支部からファックスされてきた資料の整理整頓、下の階にある仮眠室の掃除、お茶汲みと、慈島達の大きな手助けにはならない。
それに隔靴掻痒としていたところ、慈島が太刀川を連れて捜査に行ってしまったので、色々な想いが爆発してしまったらしい。

芥花は、愛が淹れてきたコーヒーを飲みながら苦笑し、上司と同僚が受けた誤解を解かねばと、二人に代わって弁明した。


「いやぁ…でも二人共、そういうキャラじゃないっていうか……。
慈島さんはめーちゃんご存知のとーり仕事一辺倒の朴念仁だし、しょーちゃんは女の子である以前に、武士って感じの子だから」

「……武士?」

「そう」


芥花はマグカップを置いて、テーブルの上茶菓子入れから支給レーションを一つ手に取り、包装紙を破いた。

そして、ミックスベリー味のそれを一口齧ると、現代の日常会話に於いて、死語も同然である形容に顔を顰める愛に、太刀川をそう表現した所以について続けた。


「しょーちゃんの実家……太刀川は武家の末裔でさ。
しょーちゃんは、太刀川家に代々伝わる剣術”可畏業流”(かいごうりゅう)を継ぐ跡取りとして育てられ……見事このご時世に武士道精神と侍魂を持ってしまった訳で。
その結果、自分が仕えるに値する主の下でしか剣は振るわないって、前の上司に反発して、”島流し”に遭っちゃったような子だからさ。
シローさんのことは、従う価値のある上司としか思ってないんじゃないかな」

「あの……”島流し”って」

「うちに異動……というか、左遷させられることですよぉ」


先日、雪待尋について話していた時も出て来たその言葉について、補足してきたのは賛夏であった。

口喧しい慈島と、厳しい太刀川が揃って出て行ったをいいことに、賛夏は報告書をほっぽいて、茶菓子入れに手を突っ込んだ。
体力の回復に努めるなら、芥花のように支給レーションを口にするのが一番だろうが、賛夏はあまりそれを好んでいないらしい。
チョコレート味だのチーズ味だの、様々なパッケージを片っ端から無視して、賛夏はアソートのチョコレートを幾つか手に取った。


「慈島事務所だから、”島流し”ってね。誰が考えたのか知りませんけど、上手いこと言いますよねぇ」

「…………」


包装を破き、トリュフチョコを口に放り込んだ賛夏がケラケラ笑うが、愛は笑い事ではないと顔を強張らせた。

此処には「FREAK OUTから選りすぐりの鼻摘みモンが流されて来てる」と徳倉が言っていたが。
FREAK OUTの上層部が彼に面倒事を押し付けているということ、それを理由に慈島が揶揄されているということが、愛は非常に面白くなかった。


慈島は、愛が知る人間の中で、誰より真面目で誠実だ。
常に熱心に仕事に取組み、苛酷な状況の中に立たされても腐ることなく、市民の安全の為に行動している。

そんな彼が、どうして冷遇され、嘲られるのだと、愛は頬を軽く膨らませながら俯いた。
遣り切れない気分に沈み、沈黙する様は、拗ねた子供そのもので。
こう言っては叱られてしまいそうだが――慈島の為に怒り、憂い、悲しむ彼女の様子は、微笑ましく、尊いものだと。半分程残ったレーションを口に納めた芥花は、項垂れた愛の頭をぽんぽんと叩いた。


「まぁそういう訳だから、安心するといいよ、めーちゃん。シローさんもしょーちゃんも、超がつく真面目人間だから、めーちゃんが心配するようなことにはならないよ」

「…………はい」

「いやー、しっかしシローさんも罪作りだなぁ。こんな可愛い女の子をモヤモヤさせちゃってー」


はい、と答えたものの、全て呑み込めてはいないのだろう。
未だ膨れ面で、徒に足をぷらぷらとさせている愛は、不安や虚しさで、いつも以上に小さくなってしまっているように見える。

向いでチョコレートを貪っている賛夏より、よっぽど子供らしいことだと、芥花はしょんぼりと俯いている愛の頭を、今度はわしゃわしゃと撫でた。その時だった。


「芥花ぇ、お前眼鏡作り直した方がいいんじゃねぇの?」


賛夏の隣で、彼同様、注意する人間がいなくなったことに便乗し、脚を投げ出すようにして寝転がっていた嵐垣の声が、顔の前に広げられた週刊漫画雑誌越しに響き。
同時に、愛の憎々しげな眼が、くぁと短く欠伸する彼を睨み付けた。


「……どういう意味ですか嵐垣さん」

「まんまの意味だよお嬢様」


分厚い雑誌を貫きそうな視線にも動じることなく、嵐垣はぺら、とページを捲って、気に入りの漫画を読み進める。

それでいて、きっちり嫌味を返すものだから、愛の怒りのボルテージは昇っていく一方で。


「あーあ、うちの事務所にはいつになったらまともな女っ気が足されるんだか。まさに流刑地そのものだぜ、これじゃあよ」


ぷるぷる、小さく縮こまっていた体が震え。やがて、火山が爆発するかのように、盆がテーブルに叩き付けられる音が事務所に谺した。

これには流石の嵐垣も手を滑らせ、見事顔面に雑誌を落としてしまったが。怒りが収まらない愛は、床に八つ当たりするように、ダンッと足を下ろして立ち上がった。


「……私、夕ご飯の買い物に行ってきますので!!これで失礼します!」


そのまま、ズンズンと苛立ちを込めて闊歩し、力任せにドアを開き。当然のように派手な音を立ててドアを閉めて、愛は出て行った。

静まり返った事務所に残された面々は、落下してきた雑誌を持ち直した嵐垣に、呆れを湛えた眼差しを向けた。


「あんなイジワル言わなくてもいいんじゃないの、ガッキー」

「まぁた慈島に面倒な仕事回されんぞ」

「うるせぇな。本当のこと言っただけじゃねぇか」


嵐垣は、相も変わらず、愛のことを気に入っていない。
顔を合わせればこんな風に、言わなくていいことばかり口にしたり、しょうもないことで突っ掛ったり、慈島に睨まれても止めやしない。

人に言われて姿勢を正すような性格をしていないとはいえ、彼がこうも、執拗に愛に当たるのは何故なのか。

その訳は、彼女が英雄の娘でありながら、未覚醒者であるからに違いないと、芥花達は思っていた。
思っていた、が――最近の彼の様子から嗅ぎ取れるのは、愛が来たばかりの頃に漂わせていた悪意とは違っているように感じられる。


それを喩えるとしたら、敵意。
彼女には決して負けはしない、劣りはしないと。それを誇示するかのように衝突を自ら繰り返しているようなのだ。

未だ力を眠らせたままの、ただの少女に対し、何故嵐垣が敵対心を抱いているのかは分からない。
分からないが、愛と嵐垣の関係は、当たられる者と当たる者から、互いにぶつかり合う者に変化している。


そう、変わったのは嵐垣だけではない。
ついこの間まで、嵐垣に言われ放題言われても、俯いて、全て享受していた愛が、ここのところ反撃するようになっているのだ。

直接手を下すことは無いが、小言を言われれば分かり易く顔を顰め、嵐垣を睨み付け、時に言い返すことも多くなってきた。


何か、あったのだろうか。

そう尋ねようにも、嵐垣の、どこか拗ねたような横顔を見ていると、どうせ答えやしないだろうという気になる。
芥花も徳倉も、嵐垣を咎めたところで無駄と判断し、飛び出して行った愛のことを思案した。

慈島と太刀川のことを気にしていたところに、嵐垣にああ言われて、心中さぞ荒れていることだろう。
買い物をして、此処に戻るまでの道程で、どうにか落ち着いてくれていればいいのだが――と、内心二人が祈る頃。
不貞腐れたような面持ちをしながら雑誌を閉じた嵐垣の横で、チョコレートを食べ終えた賛夏が、ふくふくと嗤い出した。


「ンフフフ。嵐垣さん、気を付けてくださいねぇ」

「何にだよ」

「フリーク・ハザードに、ですよぉ」


指先に付着したチョコレートを舐めながら、自分の言ったことがどういう意味か分かっていない様子の嵐垣を見て、賛夏は眼を細めた。

その、子供らしからぬ厭味ったらしい嗤い方と、敢えて遠回しにされた言葉選びが気に入らないと、嵐垣が睥睨する中。
賛夏は毒気を多分に含んだ声で、忠告するような物言いで告げた。


「もし愛さんが覚醒したら、躊躇なく殺されますよ嵐垣さん。だから、気を付けてくださいねって言ったんです」

「……誰に物言ってんだジャリンコ」


ソファに横たえていた体を起こし、閉じた雑誌で賛夏の頭を小突く。
それと同時に響いた「ぎゃふん」というわざとらしい短い悲鳴を聞きながら、嵐垣は雑誌を握る手に、僅かに力を込めた。

刹那。彼の指から奔った電流に雑誌は炭と化し、半分も読まれていなかったそれは、ボロボロと床に崩れ落ちて。
その場に残された嵐垣の手はやがて、此処ではない何処かで待ち受けている”何か”を握り潰すかのように、強く宙を掴んだ。


「俺を、第二支部の頭でっかち共と一緒にすんな。そんなヘマはしねぇし、万が一そうなったとしても――あいつにだけは殺られねぇよ」


嵐垣が自らに言い聞かせるような、その言葉に返す者はいなかった。

此処に居る誰もが、これを他人事として捉えることは出来ず。また、これについて意見出来る状況にいないが故の、沈黙であった。


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