FREAK OUT | ナノ
何を言われているのか理解出来ていないのか。物を知らない子どものような眼をばちりと瞬かせえる徹雄に、在津は深々と溜め息を吐いた。
「お前は希少な因果干渉能力の保有者だ。上層部は至極当然、その能力の継承及び進化を求めている。その為に、強い力を持つ能力者の女をお前に番わせようとしていることくらい、分かっているだろう」
在津は彼が自分より優れた能力者とは認めていないが、彼が”英雄”と呼ばれるに値する能力者であるということは不承不承ながら、認めている。
同じカテゴリーの中にあっても、徹雄は次元が違う。それは、彼が史上初となる十怪単騎討伐を成し遂げたからでも、”英雄”として幾つもの戦果と功績を打ち立てたからでもない。
徹雄の能力は、人が、ましてや一個人が保有していいものでは無い。運命に触れることで未来を変える因果干渉能力の中に於いても、彼の能力は異質にして異常だ。
母数が少ない為、サンプルも少ないが、凡そ因果干渉能力は観測や切り替えを以て、運命を変えるものだ。だが英雄見参(ヒーロータイム)は、運命そのものを書き換え、強制する。この力は世界に斯くあるべしと運命を強要し、徹雄に勝利を確約するのだ。
その過程で生じる歪みが、徹雄の首を絞めることもある。能力の行使には制限があり、乱用も出来ない。脅威的ではあるが、万能ではない。単純な強さで言えば、砲河原や祗園堂に軍配が上がる。使い勝手の良さで言えば、在津が勝る。
それでも徹雄の能力は、格別にして特別なのだ。
英雄見参は徹雄に勝利を齎す。即ち、徹雄が人類の勝利を願うということそれ自体が最大の防衛機構として作用するということだ。
クリフォトという絶対的な”絶望”。それに対抗する絶対的な”希望”が真峰徹雄だ。彼が”英雄”として担ぎ上げられた最大の所以は、此処にある。
本来、圧倒的劣勢を強いられていた筈の人類が今日まで持ち堪えるどころか拮抗状態まで持ち込めたことは奇跡としか言いようがない。この奇跡を齎した力の保全と増強を、人々が求めるのは必然だった。
神にも匹敵し得る力を持ち合わせてこそいるが、徹雄は全能でもなければ、無敵でもない。その器が人の身である以上、明日にでも何かの拍子で命を落とすことは十二分に有り得る。故に、徹雄と同じ、或いはそれ以上の力を持った後続機が必要なのだ。
その為に、覚醒傾向が強いとされる強い力を持つ能力者同士の交配が必要であると、統轄部は徹雄に見合う女性能力者の選抜に勤しんでいる。
幾度も見合い話が持ち込まれ、時に子種を提供するだけでいいとまで言われたが、徹雄はこれを一蹴した。
生涯を共にする伴侶は自分で決めたい。戦いの道具として子どもを作りたくはない。
実に”英雄”らしく、彼は正しい過程と正しい倫理を求めた。その判断は、人として間違っていない。だが、人を逸脱した力を持つ者としては誤っているのだと在津は徹雄を咎めた。
「それを一般人……剰え、FREAK OUTにとって縁起の悪い名前の女と番おうとは。上が聞いたら何と言うか」
FREAK OUTでは≪花≫を想起させる名前は縁起が悪いとされている。実際、花の名を持つ者が何をしたでもない。在津自身、馬鹿げたこじ付けだと思っている。軍旗手に童貞を据えるような験担ぎの類だ。
しかしこの国は、未だ第三次世界大戦を引き摺る老いぼれがブレーンを担っている。
FREAK OUTが公的機関である以上、彼等の御機嫌取りをしなければならず、その為には馬鹿げた迷信に従う必要もある。
それが”英雄”の責務であるからには、徹雄は糾弾を免れないだろう。そして、FREAK OUTとは無関係である一般人の女――華もまた、その煽りを受ける。その覚悟はあるのかと問うように此方を睨む在津に、徹雄はふっと眼を眇めて笑った。
「負けないよ。俺は、”英雄”だから」