FREAK OUT | ナノ


物質化能力の利点は、周囲の環境や手持ちに依存しない点にある。武器を携帯する必要が無く、故に持ち運びや動き易さを考慮して弾数が縛られることが無い。自由なタイミングでの出し入れ、強度・大きさの調整による不意打ち、手数の多さもこの能力の強みだ。

だが、物質化能力は持続時間が短い傾向にあり、より長くより強くそれを留めようとすると能力負荷が重く圧し掛かる。

よって、物量戦を得意とするこの能力の弱点もまた、物量戦であった。


「ふむ、そろそろ限界といったところですね」


まるで空から都市が降ってきた所で時が止まったような光景だった。

飛来する巨大な瓦礫を螺子止め(スクリューショット)で固定し、可能な限り破壊と回避を続けてきたが、弾数勝負ではあちらに分があった。

倒壊した家屋、乗り捨てられたままの車、折れた電柱、引き剥がされたアスファルト――市街地はインシステントの弾薬庫同然そのもの。周囲にある悉くが凶器となって降り注ぐ。


怒濤の攻撃を前に、インシステント本体にまともに近付くことさえ叶わず、防戦一方。
それでも良く堪えたものだと、インシステントは感心したように肥大化した触覚をうねらせ、捩尾に称賛の言葉を贈る。


「見た所、貴方の螺子は一度に出せる数と一個当たりのパワーが反比例している。強い螺子は体力消耗と体への負担が大きいと窺える。いやしかし、此処まで良くやったと褒めてあげましょう。流石はジーニアスです」

「はぁーッ……はぁーッ……」


インシステントの言う通り、捩尾は既に限界を超えていた。
螺子は徐々に緩み始め、固定化にガタが現れつつある。最初に止めた瓦礫から、徐々に崩れ落ちていきそうだ。あと一つ大きな物を飛ばされたなら、それを防いだ傍から崩壊が始まる。宙に打ち付けられた無数の瓦礫も、彼の腕も。

捩尾の腕は能力負荷によって、内側から徐々に捩じられていくように変形している。
雑巾搾りされたような皮膚、千切れた血管、軋る骨――。限界を超えた先に到達した時、捩尾の両腕は炸裂するだろう。

そんな状態になっても尚、瞳を曇らせることなく此方を見据える捩尾の姿を称揚しながら、インシステントは邦守に軽蔑の眼差しを向ける。


「それに比べて……貴方が精鋭部隊に選ばれたのか甚だ疑問ですね。先程から、螺子使いの彼に庇われてばかりではないですか」

「…………」

「今のジーニアスに、真の精鋭と呼べる者がどれだけいることか……敵ながら実に嘆かわしい」


戦闘開始から今の今まで、邦守はまるで動いていない。能力を使うどころか、回避行動すら儘ならない始末。捩尾が此処まで消耗したのも、防戦一方を強いられているのも彼がいるからだ。

インシステントは、腐っても精鋭部隊の名を背負う者とは思えぬその醜態に深く嘆息すると、再び捩尾に眼を向けた。


「螺子使いの君。貴方……我々と共に来ませんか」

「…………はぁ?」

「此度の戦いで、我々は多くの兵を失うことになりました。失ったところで、というものが殆どですが、戦力低下には違いません。ですので、優秀な兵士の参入を以てこれを補いたいと思いましてね」


足元に転がるフリークスの死体に一瞥もくれず、インシステントはその悍ましい縞模様の目玉で捩尾を見遣る。それはまるで子供を諭す教師のような視線と物言いで、捩尾は痛みで顰めた眉に更に力を入れる。


「貴方も気付いているでしょう。人の為に戦うということに、何の意味も意義も無いことを。能力者の命が石榑のように軽んじられていることを」


誰もが気付いていながら、気付いていないフリを続けていた。
かつての彼――呼谷廉もまた、そうだった。

受け入れてしまえば、迷いが生まれる。迷いが生まれれば、死に繋がる。だから、傍らに転がる事実を見ないようにしていた。


それでも、死は訪れた。


これまでの努力も苦悩も、全て蹴散らして嘲笑うかのように彼の命は刈り取られ、そして、芽吹いた。

見目麗しい美丈夫であった頃の面影など跡形も無い、醜い蝸牛のような姿に成り果て、人の体液と臓物を啜り喰らう化け物に成り下がり、一体自分は何の為に戦い続けてきたのかと物言わぬ空に問い掛けた。

だが、己の醜い姿に慄く人間の叫び声や、力無きものを踏み躙る感覚、生温かい臓腑の味を知って、彼は理解した。全ては、この為にあったのだと。


「其方側に居ても、報われることなど何一つ無い。貴方も我々と同じように、大義という名の理不尽に殺される。能力者というのは、そういう運命のもとに生まれ落ちているのです。だが、我々には”発芽”がある。フリークスへと変じることで、我々は更なる力と自由を得る。何者にも強いられず、縛られず、本能の赴くままに喰らい、犯し、踏み躙る。その快哉たる悦楽を貪ることこそ、我々が能力者として生まれた意味なのです」


あらゆる苦痛も屈辱も、この悦楽への通過儀礼だった。


自分は何の為に能力者として生まれ、能力者として死んだのか。否!自分はフリークスになる為に生まれ、その為に一度死んだのだ!


嗚呼それならば、もっと早くに此処に至るべきだった。フリークスになった者は誰もがそう感じている。だから、教えてあげよう。未だ人の枠に囚われた、憐れな後輩に。

インシステントは泥溜まりの中に落ちた者にするように、捩尾に手を差し出した。


「貴方が望むなら、私からアクゼリュス様に話を通しましょう。彼女の眷属として忠誠を誓えば、貴方は此方側へ迎え入れられる。我等と共に、我等を虐げたこの世界と人類を蹂躙致しましょう。貴方には、その権利がある」


捩尾の能力はジーニアスに相応しいものだ。彼がフリークスになったなら、間違いなく人類の脅威となり得るだろう。自分達が――否、母なる大樹が求めているのは、そういう逸材だ。

容易く潰れてしまう≪芽≫は間引くに限る。求められるのは≪樹≫に至る器。だから、選ばれるべきは彼一人だと、インシステントはそう思っていた。


「……お前、見る目ねぇな」

「…………今、何と?」

「優秀な兵士が欲しいってんなら……声を掛けるべきは俺じゃあないぜ」


インシステントの言うことは、痛いほど理解出来る。だが、捩尾からすれば、ちゃんちゃら可笑しい話だった。

目的がスカウトであるなら、誘うべきは自分では無い。縞模様の目玉では、見えるものも見えないのかと乾いた声で短く笑うと、捩尾は能力を解除し、全ての螺子を消し去った。


「てめぇの言う通り、俺はもう限界だ。だが……それでいい。俺の役目はもう終わってるからな」


我乍らよく持ち堪えたものだと自画自賛しながら、降り注ぐ瓦礫の中に立ち尽くす。

もう留めておく意味も、避ける必要も無い。此処にある全てを吹き飛ばし、インシステント本体まで叩き潰すだけの力は充填されている。


「――不動(ニルアドミラリ)」


しまった、と発語する暇さえ与えられなかった。

ただの拳の一撃。空を叩いたその拳打は突風の如く、軌道上の悉くを、無数の瓦礫を隔てた先のインシステントをも木端微塵に撃砕する。


――邦守凌山。彼の能力、不動は一定範囲内から動かないことでパワーを増幅させる。

動きが少なければ少ない程、より早くより大きな力が蓄えられる一撃必殺に特化した身体強化能力。それこそが、彼がジーニアスたる所以。それこそが、彼が第二分隊を担う所以。

粉微塵になったインシステントに向けて、捩尾は誇らしげに中指を立てた。


「うちの分隊長、ナメんなよ」

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