FREAK OUT | ナノ


「唐丸が吾丹場にいるだと?!」


テーブルを殴り付けた江ノ内の拳が怒りで震える中、怖じ気付いた部下を傍らに兵房は淡々と報告を続けた。


「現在、唐丸第三支部長はアクゼリュスと交戦中。彼と共に吾丹場へ渡った御剣城、吠原、六岡所員は邦守分隊長、捩尾隊員と共に眷属と応戦。海棠寺隊員、逆巻隊員が”新たな英雄”奪還へ向っています」

「あはは!いやぁ流石、君の元部下だけあるねぇ江ノ内司令」

「笑っている場合ではないだろう!あいつめ、自分の管轄を放り出して何をしている!!」


涼しい顔をしている兵房も、けたけたと笑う古池も気に喰わないと、江ノ内が怒色を強めるが、管轄部の青年が身を竦めるだけに終わった。

江ノ内の怒りも理解出来る。しかし、今の状況に於いて唐丸が起こしたイレギュラーな行動は此方側にとってプラスだ。例えこの代償に、何処かが大きなマイナスを被ることになろうとも、それは尊い犠牲と言える程度に。


「ま、この状況だ。ぶっちゃけ唐丸くんが抜けたことで如月市が潰滅しても、”新たな英雄”が取り戻せるなら致し方ないね」

「吾丹場に続き、如月まで落ちたとなれば、我々の沽券に係わる!しかも支部長不在が原因など言語道断!」

「雪待の為にあれだけの眷属を費やしている以上、如月への侵攻は無いだろう。他の十怪も、侵略区域から動く気がないからこそ、無駄に眷属共を投じているに違いあるまい」

「……分からんな。そこまで真峰愛を欲していながら、何故アクゼリュスだけを寄越す」


フリークス側の目的が、愛に狙いを搾ってみせることにある方がまだ頷ける。吾丹場に戦力を集中させ、その隙に他を攻める方が明らかに理に適っている。

だが、あちらの狙いは紛れもなく愛だ。それが分かっているからこそ、理解出来なかった。


「低ランクフリークスの損失が損害にならないにしても、だ。確実に真峰愛を獲りたいのであれば、もう一体来るのが手っ取り早く確実だ。だのに、何故誰も動こうとしない」


雪待対策をするくらいなら、十怪をもう一体二体、導入すればいい。無数の雑魚を相手取らせて削るより、余程早く片が済む。しかし、依然として十怪側に動きが無いのはどういう理屈かと眉を顰める江ノ内の横で、古池は呑気にコーヒーを啜る。


「動く必要性がないんじゃないかな。何せあっちには巫女様を食べた恵美忠実がいる。彼の”眼”には、あちら側の勝利が視えているのかもしれないよ」

「だとすれば、何故に日和子様は何も言わない!”新たな英雄”はフリークス撃滅の鍵なのだろう?!」


責め立てるように睨まれても、兵房は顔色一つ変えずに佇んでいる。まるで他人事のようなその表情に、江ノ内の苛立ちが膨れ上がる中、カップを置いた古池は頬付を突きながらざっくりとした予想を立てる。


「考えられる可能性は二つ。一つ、今回”新たな英雄”が向こうに渡ることが打倒クリフォトに必要になる。二つ、恵美が視た未来が無くなる未来が既に出来上がっている。恵美の描く勝利が今回は此方のそれと一致している、ってのもなくも無いかな」

「有り得ん、と言い切れないのがあの男の悍ましいところだ。……奴の考えることは何一つとして理解出来ん」


深々と溜め息を吐く青柳を見ながら、古池は至極その通りだと肩を竦めた。


――”人喰い”恵美忠実。彼の考えていることは、常人にも狂人にも度し難い。

先々代の巫女から奪った”眼”で、彼が何を見据えているのか。恐らく考えるだけ時間の無駄だと、古池は眼を伏せる。


「さて、どうしようか。日和子様は、吾丹場には増援を寄越すなって言ってるんだよね」

「はい。日和子様曰く、無駄な死人が出るだけ……且つ、人類勝利の未来が揺らぐとのことですので」

「なまじ未来が視えるってのも困りものだねぇ。心許なさを抱えながら多分大丈夫って自分に言い聞かせるって、いつになっても慣れないや」


揺るがぬ勝利が確約されていると知りながら、静観に徹することは難しい。

未来が視えているのは彼女ただ一人。知覚出来ないものを心から信じられる程、穏やかには生きられなかった。だからこそ、綱の上を歩くような心地に眼を瞑る。谷底に落ちたもの、突き落したものが無為にならぬように、自分がそれにならぬように、と。


「日和子様が仰るのであれば、それに従うしかないだろう。……例えそれが如何なる不条理であっても、我々の未来はその先にしかないのだからな」

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