FREAK OUT | ナノ


三時間後。いつもより長引いた会議を終え、芥花は休憩所でうんと伸びをした。


「はぁー……。ガッキーのせいで五倍疲れたぁ」

「俺だって来たくて来た訳じゃねーよ。文句なら所長に言え」

「はいはい。お当番、御苦労様」


殆ど心の篭っていない声で言いながら、芥花は自販機で購入したコーヒーを啜った。


会議中も何かにつけて嵐垣が余所に――特に第二支部に噛み付くので、終始気が休むことは無かった。代替わりしても、彼と第二支部はとことん相容れないのだなと嘆息しながら、芥花は隣でコーラを呷る嵐垣を一瞥する。

元ジーニアスである彼等からすれば、自分達は落伍者だ。下に見られても致し方ないとは思うが、嵐垣は実力だけならジーニアス級だけあって、余計に腹が立つのだろう。

加えて、先日愛がジーニアス正規入隊となったのも大きい。”英雄”の娘でありながら非能力者で、戦う力も覚悟も無い彼女を嵐垣が嘲っていたのも五ヶ月前。今や彼女は”新たな英雄”として八面六臂の大活躍。十怪討伐を成し遂げ、ジーニアス正規入隊を果たし、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで、彼女は名実共に”英雄”へ近付いている。
その焦燥感もあって、嵐垣は苛立っているのだろう。しかし、彼なりに思う所もあるのか、存外真面目に会議に参加していた辺り、昼飯代だけが目当てだった訳ではないらしい。

これを機に、もっと落ち着きを持ってくれるといいのだがと思いつつ、さて昼食は何にしようかと芥花が近隣の飲食店に想いを馳せた直後。


「此処にいたか、芥花」

「御剣城くん。それに、六岡くん」


声を掛けて来たのは、先の会議に参加していた第三支部の二人だった。

短い亜麻色の髪と凛々しい眉が特徴的な副所長代理、御剣城伏己(みつるぎ・ふしみ)。
黒いカチューシャで前髪を上げた人懐こい笑みを浮かべる青年、六岡倫平(ろくおか・りんぺい)。

歳が近く、互いに何かと話し易いという理由から、副所長会議以外の場でも交流している二人だ。前回も会議後、本部近くで食事しながら、上司の愚痴や今後の展望、女子の好みの話をしたのが記憶に新しい。


「いきなりで悪いんだが……この後、時間あるか?少し、話したいことがあってな」

「ついでにこの辺で美味しいご飯食べれるとこ教えてほしいなぁ〜。大盛りが大盛りなとこだと尚嬉しいです!」

「何言ってんだ、お前」


六岡はFREAK OUTでも名の知れた健啖家であり、美食家でもある。

彼が第三支部に着任してから、如月市内では食べ放題の店が消え、大食いチャレンジの店には悉く彼の名と不敗神話が刻まれているという。

何としても彼に一泡吹かせてやりたいと考えたラーメン屋・麦面の店長が、大食いチャレンジ用商品開発に躍起し、六岡以外誰も挑まないだろうインフレラーメンを作ることに情熱を注いだ結果、経営が疎かになって潰れた、なんて話も聞いたことがある。
タワーの如く積み上げられた野菜炒めと麺の下に大盛り炒飯が隠れた頭が痛くなるような伝説の一品を「お米大好き!」の一言で片付けた彼からすれば、そんじょそこらの大盛りは大盛りの内に入らないだろう。そんなことを考えながら、芥花は嵐垣へ視線を向けた。


「俺はいいけど、ガッキーはどうする?先帰ってる?」

「ガキ扱いすんじゃねぇよ」


御剣城が改まるからには、小難しい話をするだろうと思っての提案であったが、馬鹿にするなと脛を蹴られた。

そういうところが子供なのだと口にすれば、また蹴られそうなので口を噤み、芥花は本部から少し離れた通りにある料理店へ一同を案内した。




個室和風ダイニング・TEMARI。モダンな雰囲気の店内と、ランチタイムの丼セットが人気の店だ。

丼セットは好きな丼、汁物、小鉢を選んで、自分好みのセットをカスタム出来るので、リピーターが多い。昼間は近隣オフィスに勤めるサラリーマンやOLで賑わい、殆ど満席状態だったが、五分程度の待ち時間で席に案内された。


「話というのは他でも無い。来たるアクゼリュス来襲についてだ」


カツ丼を食いながら話すのもどうか、と迷いながら、出来たてを食わないのは冒涜だと六岡に言われたので、御剣城は大ぶりのロースカツを頬張りながら、話を始めた。
その隣では既に鮪アボカド丼と豚角煮丼を食べ終えた六岡がおかわりを待機している。

丼は飲み物であったかと錯覚しそうだと苦笑しながら、芥花はチーズ親子丼、嵐垣は御剣城と同じカツ丼を食べながら相槌を打つ。


「そういえば、そっちの所長もアクゼリュス討伐に意欲的なんだっけ」

「うちの所長はバトル脳だからねぇ〜。ここ最近、雑魚掃除ばっかだったのもあって溜まっちゃっててさぁ。そろそろ十怪と当たりたいって聞かなくて」

「お互い苦労するねぇ……。シローさんも今回は、めーちゃ……”新たな英雄”の為にアクゼリュスを潰したいみたいで、いつになく必死なんだよね」

「で、何の為にわざわざ声掛けてきたんだよ。所長の為にアクゼリュス譲ってくださいってか?」

「いや……唐丸所長は闘ると決めたら、余所の獲物でも強奪する人だ。俺達が裏で根回ししたところで意味が無い」


カツを狙う六岡を牽制しつつ、御剣城は海苔と卵のすまし汁を啜る。芥花の勧める店だけあって、どれもクオリティが高い。小鉢のほうれん草の胡麻和えも美味かった。だから、もっと味わって食えと六岡を横目で睨みながら、御剣城は短く溜め息を吐く。


「だが、流石に手の出し様が無ければ諦めるだろう。今から行ったところで間に合わない……という状況になれば、所長も大人しくしている筈だ」

「あの人が如月からいなくなったら、海からフリークスがわんさか押し寄せてくる可能性あるからねぇ。そう言ったところで、所長は市民の安全とか如月防衛に興味無いから、一蹴されるのは確実。其処で、第四支部にアクゼリュス討伐アドバンテージを持ってもらえないかなーと思って声を掛けたワケ」


FREAK OUT支部管轄都市の中で、如月市はフリークス侵入数が最も多い。その大部分は海岸部で討伐されているので、市内発生数や被害者数は押さえられているのだが、抑止力にして防波堤である唐丸が如月を留守にするとなると、これを狙ってフリークス達が大群で押し寄せて来る可能性もある。

唐丸は強い相手と戦えるのであれば、市民は二の次と考えている人間だ。如月市を危険に晒すことになろうと構うことなく、アクゼリュス討伐に向かおうとするだろう。


其処で、御剣城と六岡は唐丸がアクゼリュスを諦める状況を作らんと画策し、芥花達に声を掛けた、ということらしい。

事情は分かったが、此方もアクゼリュス討伐に行き詰ってきた所である。余り役に立てそうには無いが、と芥花は小鉢の白和えを摘まむ。


「つっても、大体さっきの会議で話したまんまだぜ」

「うちもアクゼリュスに関する情報は入ってきて無いんだよねぇ。眷属っぽいフリークスも来てないし……」

「雑魚は無駄にワラワラ湧いてっけどな」

「それなんだけど、こっちでも五日前くらいから低ランクフリークスの出現率が上がってるんだよねぇ。こないだの大侵攻の影響が未だ続いてるのかと思ったけど、どうもそういうことじゃないみたいでさ」

「……これは?」

「ここ数日、如月市内で発生したフリークスの出現データだ」

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