FREAK OUT | ナノ


「……わぁ」


自動ドアを越えた先に広がる景色に、愛は思わず息を飲みながら圧倒された。


外観もさることながら、第五支部は内装も立派なものだった。

広々としたロビーには民間用の相談窓口が複数設けられ、その手前には、待合用の椅子がズラリと並べられている。
カウンターの向こうにズラリと並ぶデスクでは、所員達が事務作業や電話対応に取り組んでいて、此処から見えるだけでもかなりの人数が見受けられる。

本当に役所みたいな構造だ、と思いながら視線を流すと、壁の案内板が目に入った。
第五支部は一階ロビーと、二階の一部会議室、四階のラウンジを一般解放しているので、市民に分かり易いようにと設けられているようだ。

更に視点を移すと、休憩所として活用されているらしいフリースペースが見える。近くに設備されている自販機で購入した飲み物を片手に、所員と思わしき若者達が上等な革製のソファに腰掛け、歓談している。


第四支部では、全部丸ごと一室に凝縮されているというのに。ほぼ同時期に設立されたのに、本当に、どうしてここまで差が出るものかと愛がひっそり嘆いていると、フリースペースの方から声が上がった。


「あっ、所長だ!」

「マジだ!栄枝所長!お帰りなさい!」


最初の一言を皮切りに、各地から所員達がワラワラと顔を出し、近くにいる者は小走りで駆け寄ってきたりしながら、栄枝の元へと集まっていく。

まるで親の帰りを迎える子供。或いは、飼い主の帰宅にはしゃぐ犬のように、所員達は瞬く間に栄枝の周囲を取り囲み。そのちょうど中心になってしまった愛は、狼狽しながら小さく身を竦めた。


「お帰りなさい、所長!」

「お戻りになられたんですね!」


いつもこんな調子なのだろうか、とワイワイ盛り上がる所員達に囲まれながら、左見右見していると、鬼怒川に「いつものことだ。慣れろ」と耳打ちされた。

そういえば、鬼怒川も栄枝の姿を視認するや近寄ってきていたし、他の所員達も、彼女が戻れば出迎えずにはいられない性質なのだろう。
よくよく見れば、窓口にいる一般市民と思わしき老人や、子連れの主婦までもが「あら、栄枝さんだわ」と顔を此方に向けたり、拝んだりしている始末だ。

流石は”聖女”。此処まで広く深く慕われる人、そうはいまい……と、愛が呆気に取られている横で、栄枝はニコニコと笑顔を咲かせながら、所員一人一人の顔を見渡していく。


「皆、ただいま。留守中、大事なかったですか?」

「大丈夫です!」

「先刻の一件以来、特に変わったことはありません」

「そうですか。それはよか…………あっ!」


かと思えば、栄枝は何かを思い出したのか、急にあたふたと取り乱し、慌てふためき始めた。
右往左往したいところなのだろうが、何事かとどよめく所員達に囲まれて身動き出来ないので、挙措を失っているらしい。

その姿には”聖女”のオーラは欠片も無く。スイッチが入った時がこうなのか、切れた時がこうなのか。愛が考えている横で、栄枝はアワアワと取り乱す。


「いけない、さっきの現場をお願いした人達に、愛さんのこと紹介するの忘れてたわ!ど、どどど、どうしましょう!」

「戻ってきた時で大丈夫でしょう。まだ市内を巡回してる奴もいることですし……一度にあまり大勢と顔合わせしても、真峰が困るでしょう」


それもまた、いつものことと言うように、鬼怒川が宥めに入ると、栄枝がチラッと此方を見て来た。

栄枝としては、せっかくの赴任初日なので、盛大に、所員全員と顔合わせしたいのでは、と考えているらしい。
尤も、それは件の彼――彼岸崎が留守にしている時点で叶わぬ願いとなった訳だが。

そんなことにこだわる性分でもないし、自分の為にわざわざ時間を作ってもらうのも勿体ないので、愛は此処にいる人だけで十分過ぎるくらいだと苦笑いで返した。


「あの……お気になさらず」


自分でも、いっそお見事と言えるくらいにぎこちない笑顔であったが、栄枝は落ち着いてくれたらしい。

愛と鬼怒川の顔を何度も見返し、時たま周囲の所員達を眺め、ようやっと一段落ついたというところで、栄枝は仕切り直しと言わんばかりに咳払いをしてみせた。


「で……では!今、此処にいる人にご紹介します!」


高らかにそう言い放ち、改めて、この場にいる全ての所員達の意識と視線を集めると、栄枝は今日の主役たる愛の肩をそっと押し、半歩前に出させた。

其処にスポットライトは無いが、頭から強い光を浴びるような感覚が肌をチリチリと打つ。
緊張で灰になってしまいそうな体に力を込めながら、愛がおずおずと前に出ると、栄枝は声高々に、新たな同胞を紹介した。


「此方が、今日から我が第五支部で共に戦う真峰愛さんです。皆さん、良くしてあげてくださいね」

「ま、真峰愛です!あの、えっと……今日から、よろしくお願いします!」


勢いよく頭を下げた傍から、愛は、もっといい挨拶があったのではないか、他にも言うべきことがあったのではないかと、ぐるぐる思考を回した。

そうしなければ、バクバクと騒ぎ立てる心臓がパンクしてしまいそうで。
嗚呼、転校生ってきっとこんな気持ちなんだと、そんなところまで考えが飛躍したところで、彼女の意識を、夥しい拍手と歓声が掻っ攫っていった。


「こちらこそ、よろしくー!」

「待ってたぜー、真峰ちゃんー!!」

「第五支部へようこそー!」

ピィーっと響く指笛。瀑布のような拍手喝采。そして宙を舞う紙吹雪に、クラッカーの弾ける音。
未だかつて、こんなにも盛大に祝福されたことがあっただろうか。第四支部の時は、ああだったのに。別に、嵐垣を責めている訳ではないが、ああだったのに。


あの時の経験から、今回も初っ端から厭味を言われる覚悟をしてきたというのに、まさかこんなにも温かく迎え入れられるとは――。

想定外の持て成しに、愛は、少し泣いてしまいそうになりながら、感無量と佇んだ。


「こ……こんなに歓迎していただけるとは」

「当然ですよ。かの”英雄”の血を引く超大型新人ですし、何より、今日から共に戦う仲間ですから」


何が待ち受けていようと、気丈に振る舞うのだと腹を括ってはいたものの、やはり不安だった。

新しい場所で、上手くやっていけるのか。自分を受け入れてもらえるのか。
配属が決まってから、眠れぬ夜があった程に憂慮していたが、こうして迎え入れられたことで、愛の胸はスッと軽くなった。


――大丈夫。きっと此処でなら、やっていける。


重い鎧を脱ぎ捨てたような解放感と安堵感から、愛は誰にも聴こえないような小さな息を吐いた。その数秒後。


「あーー!その子か、噂の新人ちゃん!!」


後方――先程通ってきた玄関口の方から、明るい声が飛んできた。

思わず其方に顔を向けると、外の巡回から戻ってきたらしい、白と黒のボーダー柄の帽子を被った青年が駆け寄って来て。愛が驚いて、反射的に半歩後退するのにも関わらず、青年はぐわっと迫るような勢いで此方の顔を覗き込む。


「なんだ、”英雄”の娘っつーから、もっと厳ついのが来るかと思ってたけど、カワイイじゃん!うんうん、これは色んな意味で将来有望だな!」

「は、はぁ……どう、も」


垂れ目がちな三白眼を細め、人懐っこい笑みを浮かべる金髪の青年。歳は、二十前後だろう。
随分着崩しているが、一応スーツを着ているので、彼も此処の所員であるらしいが、その着こなしっぷりや、ノリの軽さから、ホストなのではないかと思えてくる。盛り上げ役で指名を受けてる、ナンバー2タイプの。

などと考えている愛の手を取って、ぶんぶんと大袈裟な握手をしつつ、青年は高らかに自己紹介をする。


「俺は、蜂球磨アキラ(はちくま・あきら)!今日から君のセンパイでっす!これから公私共によろしく!」

「ま……真峰愛です。よろしくお願いします」


周りにいないタイプなので、些か戸惑ったが、熱烈に歓迎してくれているし、いい人に違いないだろう。
このノリにもすぐ慣れる筈だと、愛がぎこちない笑みを浮かべていると、青年――蜂球磨は、実に微笑ましい光景だと眼を細める栄枝の手も、勢い任せに握った。


「ただいま戻りました、美郷さん!そろそろ戻ってくる頃だと思ったんで、この蜂球磨アキラ、ダッシュで切り上げてきましたよ!」

「おかりなさい、蜂球磨くん。巡回、ご苦労様でした」

「ほんと、ご苦労様だったんですよぉ、美郷さぁーん。今日の俺、もうめちゃくちゃ頑張ったんですよ〜」


唐突に手を握られたにも関わらず、栄枝はまるで動じることなくニコニコとしているが、慣れから来る余裕、とかそういう類ではないだろう。
あの顔は、喩えるなら、小さな子供や、幼い身内と接する時のそれと同質。詰まる所、部下が自分を慕ってくれて嬉しいなぁ、という面持ちだ。

愛の眼から見ても、蜂球磨の言動は、部下として上司を慕う域を越えているとはっきり言えるのだが、栄枝はその辺り、まるで気付いていないように思われる。
そしてその分、鬼怒川の顔が強張っているのだが、彼女は其方にも気が付いていないのだろう。


周りの所員達は、よく見る光景だとわりと平静でいるが、愛はいつ鬼怒川が噴火するのではと狼狽する。

お願いだから、起爆する前に離れてくれないか。そんな愛の切実な願いは、毛程も伝わっていないのだろう。蜂球磨は依然、人懐っこい猫よろしく栄枝に甘え、すり寄る。


「なんでぇ、ご褒美に頭ナデナデとかしてもらえな…………い゛、いでででで!!!」


しかし、鬼怒川より先に堪忍袋の緒が切れた者がいたらしい。

今にも蜂球磨を殴り付けそうな拳を抑えるべく、無理に腕組みをしていた鬼怒川と、爆発寸前の風船の傍に立たされているような心境の愛の目の前で、蜂球磨は何者かに両耳を引っ張られ、栄枝から剥がされていった。


「「何が、めちゃくちゃ頑張った、だ」」


ピタリと重なる可憐な声に目を向ければ、蜂球磨の背後は二人の少女が立っていた。

愛より、二つか三つ年下だろう。未だ稚けなさの残る顔立ちをしているが、二人共落ち着いた雰囲気を持っていて、パンツスーツも板についている。
短めに切り揃えられた黒髪をさらりと揺らしながら、深いグリーンの眼を冷たく細める少女達は、大声を上げる蜂球磨とは対照的に、静かに、そして淡々と、栄枝に嘯いた彼を断罪する。


「お前は殆ど携帯いじってただろう」

「お前は殆どナンパしてただろう」

「ちょ……二方向からの攻撃はやめてって!み、耳もげる!耳もげるからぁ!!」


右から左から、蜂球磨の耳を引っ張り、彼の所業を咎める少女達。
彼女らの介入によって、鬼怒川の怒るのボルテージはみるみる低下していったが、それよりも、愛には気になることがあった。


「……同じ、顔?」


少女達の顔は、まさに瓜二つ。異なる点と言えば髪の分け目くらいで、まるで鏡を見ているようだ。

己の罪を認め謝罪したことで、ようやく解放された蜂球磨に、冷ややかな眼差しを向ける少女達を見遣りながら、愛が唖然としていると、栄枝が少し悪戯っぽく笑いながら、二人を紹介した。


「この子達は双子なの。こっちがお姉さんの、櫓倉縁(やぐら・えにし)さん。こっちが妹さんの、櫓倉緑(やぐら・みどり)さんよ」

「「よろしく、真峰サン」」


栄枝の言葉に合せ、此方に顔を向ける仕草でさえ完全にシンクロしていて、本当に鏡像のようだ。

示し合わせている訳でもないのに、こうも見事に言動が重なるとは。感心を越えて感服する。
またも綺麗に揃って手を伸ばし、握手を求めてきた縁と緑に両手を差し出しながら、愛は双子の神秘をひしひしと感じた。


「私達の方が先輩だけど、敬語使わなくてもいいよ」

「私達の方が先輩だけど、あまり気を遣わなくてもいいよ」

「あ、ありがとう。えっと、よろしく……ね?」


この二人にも、慣れるには少し時間が掛かりそうだ。しかし、縁と緑も他の所員達同様、友好的なので、早々に打ち解けられそうな気がする。
話に聞いていたより、奇抜というか、個性的な者が多いが。皆、快く自分を迎え入れているので、もうすっかり不安は無い。

蜂球磨達に便乗せんと、後から後から、名乗り出てきては握手してくれる所員達の対応に追われながら、愛は、この事務所に配属されてよかったと、そう思った。


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