FREAK OUT | ナノ


「まずは、事務所で所員達と顔合わせしていただきます。それから、事務所内の案内と、今後の業務について軽く説明します。それが終わったら、今度は寮まで送りますので、荷物は車の中に置いたままにしてくださいね」

「は、はい!よろしくお願いします!」

「ふふ、こちらこそ。これから、よろしくお願いしますね、愛さん」


迎えの車を出し、ちょうど駅に着いたところで、栄枝はあの騒動を目の当たりにしたらしい。
車は適当な所で乗り捨てられており、栄枝は「もっとちゃんと出迎えたかったのにぃ……」と嘆きながら、愛を後部座席に乗せた。

”英雄”の娘に気を遣う云々、というより、形にこだわりたい性分らしい。
せっかく来てもらったのに待たせてしまうのも申し訳ないからと、近くを巡回している部下に事後処理を任せたのも、多分そういうことだ。

愛は、この人は、妙に生真面目な人なんだなと、鼻歌混じりにハンドルを切る栄枝をミラー越しに見遣った。


――栄枝美郷。
五人の支部長の内、唯一の女性で、所長の座に二十三歳という若さで就任した実力者だ。

吾丹場に来る前は本部勤の能力者であったが、その才覚を認められ、新設されたばかりの第五支部に異動。
三年前、先代所長が本部の管轄部に移ることになった際、先代と所員達から新所長として推薦され、その期待に応えんと就任。
女性の支部長は三人目。しかも、若干二十三歳というのも相俟って、栄枝の存在はFREAK OUT内でも有名だ。

RAISEにいた頃、参考資料として現役能力者の戦闘データが度々授業で取り上げられていたが、その中でも、栄枝の名前はよく目に入ったくらいだ。


高い実力、確かなキャリア。加えて、それを鼻にかけない人格者と来ている為、彼女はRAISEでも男女問わず憧れの的で。第五支部への配属が決定した時、彩葉を始め多くの訓練生から羨まれたし、愛自身も栄枝の元で働けることを喜んだ。

FREAK OUTが誇る女傑、栄枝美郷。能力者としても女性としても完成されたパーフェクトレディ。
そんなイメージから、勝手に凛とした佇まいのクールビューティ系の人物像を思い描いていた愛だが、当の栄枝は想像していたよりも柔和というか、抜けているというか。
車酔い防止になると言って、可愛らしい包み紙の飴玉を差し出してきた辺りから、栄枝は思っていたよりも人間味溢れる人柄なのだなと、愛は苺ミルク味の飴を口の中で転がしながら思った。その時。


「そういえば……貴方の着任が決定した頃に、慈島所長からお電話をいただいたんですよ」

「……慈島さん、から?」

「えぇ。『自分の代わりに、どうか彼女を見守ってあげてほしい』……と。貴方のこと、とても心配されていましたよ。慈島所長とは、所長会議で何度もお会いしていますが……あんなに優しい声で話されているのを聞いたのは初めてのことなので、少し驚きました」

「そう……なんですか」


随分久し振りに彼の名前を聞いたのもあって、愛は一瞬、飴玉の味さえ見失う程に驚いた。


彼と離れてから、もう三ヶ月になる。RAISEは原則、外部との連絡を禁じている為、彼の声も、もう随分と聞いていない。
しかし、胸の奥に今も響く彼の声は、いつだって優しい響きをしていて。愛は、慈島が優しい声をしていたことに驚いたという栄枝の言葉に、逆に驚かされた。


慈島はいつも当たり前のように優しかった。昔から、ずっと、変わらずに。


わざわざ栄枝に電話をして、自分の身を案じてくれたのも、彼が優しい人だからに他ならない。
そうでなければ、あんな仕打ちをしてしまった自分を――。


思い返して、ふいに込み上げてきた自己嫌悪を握り潰すように、愛は膝の上の鞄を掴んだ。


いけない。赴任初日からこんな気持ちになっていたら。私は”新たな英雄”になるのだから、落ち込んだりしていられないのだ。

弱気になる自分を心中で叱り付けながら俯く愛をミラー越しに一瞥すると、栄枝は少し考えてから、努めて明るい声をかけた。


「そんな訳ですので、吾丹場にいる間は、私が貴方の保護者代理です。何かあったら、気軽に相談してくださいね。仕事のことでもプライベートのことでも、任せてください!」


慈島と愛の関係は、彼女も耳にしていた。
十年前の惨劇から、つい数ヶ月前まで共に嘉賀崎で過ごしていた日々のことまで。”新たな英雄”を従えるに辺り、そのルーツを知っておく必要があるだろうと、RAISE側から愛の経歴や、”英雄”を志す動機まで、全て聞かされていたのだ。

愛が慈島に心配されることに対し、後ろ暗い感情を抱いていることも、彼女には理解出来た。
だからこそ、自分が彼女にとって頼れる存在になってあげなければなるまいと、栄枝は胸を叩いてみせた。


”英雄”の娘とはいえ、愛はまだ十六歳になったばかりの女の子だ。近くにいる大人が支えて、導いてあげなければならない。

その使命を、FREAK OUT上層部と、誰よりも愛のことを想っている慈島から任せられたのだ。全身全霊を以て心身共に彼女をサポートしてやらねばと、頼り甲斐のある上司アピールをしてくる栄枝に、愛の表情も思わず綻んだ。


「……ありがとうございます。栄枝所長」


彼女なら、どんな些末な悩みでも、親身になって相談に応じてくれるだろう。

心の奥底に溜まり込んだ汚泥のような感情を吐露しても、一握り程度の嫌気でも。栄枝はきっと、全力で聞いてくれるに違いない。
そう思わせてくれる人の元に配属されたのは僥倖だと、愛が小さく口元を緩めていると、目的地――FREAK OUT第五支部、栄枝事務所が見えてきた。


「っと……着きましたね」


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