FREAK OUT | ナノ


愛が家を出た後。出勤前に一服と煙草を吹かしながら、ニュースと天気予報に目を通した後、慈島は事務所へと降りた。無論、手には愛が作った弁当を持って。


「「おはようございまーす」」

「……おはよう」


FREAK OUTの支部は、事務所ごとに様々な方針がある。

出勤と退勤がきっちり定められている所もあれば、業務によってまるでばらつきがある所、ほぼ自由参加のような事務所まであり、第四支部にあたる此処・慈島事務所は、朝の集まりだけは基本全員参加を義務としているスタイルであった。


午前九時、事務所に集合して朝会を行い、前日の報告と連絡、今日の業務について話した後、それぞれが仕事に取り掛かる。

与えられた業務が終えれば報告書を作成し、慈島に提出。内容に問題がなければ、後は自己判断で退勤というのが、此処の方針だ。

不測の事態が起これば強制的に戦場に向かわなければならない職業柄、切り詰めて働き過ぎるのもよくないし、かといって普段だらけていてもよくないと、慈島が決めたのがこのやり方だ。


朝会を設けたのは、最低限メンバーが顔を合わせ、話し合う場が必要だと考えた為である。

小さな事務所だからこそ、所員間のコミュニケーションは重要だ。必要な情報を共有し、些細な事でも気付きがあれば取り入れる。そうした意思疎通を日常的に行う事は、戦闘時の連携にも繋がる。

仲良くしろとは言わないが、相互伝達は円滑に。

第四支部の面々が毎朝――深夜から早朝まで仕事が続いた等、ケースバイケースで免除されない限りは――全員事務所に集められているのは、そうした目的の為だ。


「……連絡は以上。各自、それぞれの業務に取り掛かれ」


慈島の締めの言葉を合図に、メンバー達は各々成すべきことに取り掛かるべく散会した。
徳倉と賛夏はパトロールの為に外へ。太刀川は軽い掃除がてら備品の在庫チェック。
嵐垣、芥花は応接スペースで地図と資料を広げ、先日FREAK OUT本部から受けたフリークス討伐依頼の打ち合わせ。フクショチョーは未だ暫く仕事がなさそうなので、二度寝に入った。

それぞれの様子を軽く一瞥し、慈島はのメールチェックや、提出書類の作成に取り掛かるべくデスクに向い――手持ちの弁当に目敏く気が付いた芥花に声を掛けられた。


「おっ!シローさん、その手に持っているのはもしかして愛妻弁当ですか!いや、ここは『あいさい』じゃなく『めーさい』べんとうと言うべきですかね」

「……まず、妻じゃないだろう。というか、なんで愛ちゃんが作ったって分かった」

「そりゃぁ、いつもコンビニ弁当かカップ麺のシローさんが、そんな可愛いおべんと持ってたら察しが付きますって」


眼鏡を掛ける程度に視力が低いくせに、芥花は些細な物も見逃さない観察眼を有していた。その洞察力と勘の良さは、仕事に於いては非常に助かるが、こうしたプライベートの事になると色々と厄介だと慈島は眉を顰めた。

見抜かれて不都合な事は無いのだが、妙に楽しそうな顔で揶揄うようにあれこれ言われると、なんというか、面倒であった。


「いいなぁ、俺も女の子に愛妻弁当作ってもらいたいなぁ〜。節約の為に自作のおべんと持ってくる生活もそろそろ悲しくなってきましたよぉ」

「……だから、妻じゃない」

「この際お嫁さんにしちゃえばいいじゃないですかぁ。あ、まだめーちゃん、結婚出来る歳じゃないか」

「そういう問題じゃない」


慈島は額に手を当て、深く溜め息を吐いた。芥花が全て冗談のつもりで言っているのだと分かっていても、話題が話題なだけにとても疲れる。

愛は恩師たる徹雄の娘で、自分は彼女の後見人で、おまけに歳も一回り以上離れている。それを、愛妻だの嫁にしてしまえばいいだの、馬鹿馬鹿しいにも程があるし、彼女に失礼だろう。慈島は軽く痛む頭を押さえながら、芥花達が広げている資料に眼を遣った。


「で、見付かったのか?例のフリークスは」

「いやぁ、昨日もダメでしたねー。相手も俺らが動いてるから警戒してるみたいだし……何より、能力が厄介でして」

「まさか≪芽≫になるまで人間喰っていたとはなぁ。あれを元々担当してた在津(ザイツ)事務所のエリート様達は何やってんだが」


芥花達が担当しているのは、先日嘉賀崎に侵入してきたフリークスの討伐依頼であった。


今回のターゲットは嵐垣が悪態付いた通り、FREAK OUT第二支部・在津事務所が担当する上野雀(ウエノガラ)市に出没したフリークスだ。

あちらで発見されたかと思えば、すぐさま此方まで逃げ込んで潜伏したとかで、其方の担当エリアなのだからと討伐を押し付けられた。エリート揃いのくせに、こんな零細事務所に尻拭いさせてくれるなと嵐垣が皮肉ると、慈島がまた溜め息を吐いた。


「あの事務所は、担当地域内にフリークスを出さない・入れないがモットーだ。事前対策に於いては鉄壁と言えるが、いざフリークスが出現した時に弱い。だから水面下で目立たないよう食ってる奴を見落とすんだ、あいつらは……」

「んで、その皺寄せが俺らに来ると」


厭味ったらしく笑いながら、嵐垣は第二支部から送られてきた資料をテーブルへと放り投げた。あちらはフリークス出現後の対応が甘いと慈島は言ったが、まさにその通りである事がこの資料一つで十分に窺えて、どうにも参った。そう言わんばかりに嵐垣は、お手上げのポーズをしてみせた。

問題児集団、厄介者の溜まり場などと言われている此方と違い、体面整備に忙しい連中は、有益な情報など殆ど寄越してくれない。お陰で、時間は徒に経過するばかりだ。
そのくせ、責任を問われるのはこっちだというのだから、全くやっていられない。その心境は、慈島も芥花も同じであった。

早急に対処しなければ、多くの被害が出る。言い訳を練ったり、現状を嘆いたりする暇があるなら、やるべき事をやるしかない。それが例え、元は余所が仕留めるべきであった相手だったとしても。しかし、また面倒な奴を寄越してくれたものだと、慈島は苛立ちを抑えるべく煙草に火を点けた。その時。


「なぁ、所長。上からさっさと対処しろって、五月蝿く言われてんだろ?」


ソファの背凭れに肘を乗せ、上体を此方側に向けた嵐垣が、にたりと悪意に満ちた笑みを浮かべてきた。またろくでもない事を考えているのだろうと慈島が顔を顰めても、嵐垣は自信に満ちた、革新的イタズラを閃いた子どものように笑う。


「余所が取り零した≪芽≫の責任擦り付けられて、アンタもいい加減標的を潰してぇだろ。そこで一つ、俺に名案があんだけどよ」

「……お前の言いたいことは、もう分かった」


それ以上を彼の口から言わせれば、自分を抑えられる気がしないと、慈島は嵐垣の言葉を遮った。こうなると分かっているだろうに。よくもまぁ、名案などと言ってのけたものだと嵐垣を睨み、慈島は煙草を灰皿に捻じ込んだ。


「だが、敢えて言おう。愛ちゃんを囮に、とかほざいてみろ……お前の腕一本ちぎって餌にするぞ」

「ハハハッ!言う前に見えてるっつーことは、アンタもちょっと考えてたんじゃねぇの?!」


見事狙い通り、慈島にしては過剰なくらいの反応が返ってきたので、嵐垣は機嫌を良くした。太刀川が今にも斬り掛かられそうな眼で此方を見据え、芥花も顔を顰めている。それで調子付いた嵐垣は、慈島に忠告されたにも関わらず、けらけらと笑いながら続ける。


「あの無防備さと、カワイソウな雰囲気がプンプンする面。如何にもフリークス好みじゃねーか。あのお嬢様を適当に歩かせておけば、わざわざ探さずとも奴さんから寄ってくるだろうぜ。現に、お嬢様は一日に二回もフリークスに遭遇し、食われかけたらしいじゃねーか」


口惜しいが、嵐垣の言う事は概ねその通りであった。


フリークスは、本能が生み出す欲求の一つとして捕食を行う。しかもただ喰らうのではなく、彼等は食事に娯楽性を欲している。自分好みの人間を、自分好みの食い方で平らげる。そうした嗜好を有しているのが、フリークスの悍ましい所だ。

凡そのフリークスは非常に残虐で、人間を嬲りながら喰らう事を好む傾向にある。肉と精神を食み、骨と心を砕き、流れる血と涙を啜る。その恍惚を、フリークスは何より好んでいる。詰まる所、フリークスは嗜虐心を唆る、甚振り甲斐のある人間に惹き付けられるのだ。

また、非力で食いやすく、かつ肉が柔らかいという事から、フリークス被害に遭うのは女性や子どもが多い。

非能力者の、如何にも幸の薄そうな少女など、まさにフリークスの理想ではないかと嵐垣は嗤う。その物言いに憤りながら、慈島は焦りを覚えた。額から汗が伝う。心臓が不穏に逸る。やはり朝、彼女を送るべきだったのではないかという慈島の焦燥はやがて、衝撃に変じた。


「それにアイツ、”英雄の娘”だもんなぁ。喰ったら相当の力が得られるって、匂いで分かるんじゃねぇの?フリークス共にはよ」

「……!」


フリークスは、生きる為に食事をしているのではない。彼等は餓えで生命活動を終える事は無く、空腹でコンディションが著しく乱れる事もない。では何故、フリークスが人間を喰うのか。それは、成長と娯楽の為であった。


フリークスは人間を喰らい、そのエネルギーを糧に成長する、厄介極まりない特性を持っている。

彼等の体内には、核と呼ばれるエネルギー貯蔵器官がある。核は人間を喰らえば喰らう程に力を蓄え、フリークスの体を強化するのみならず、特異な能力までも与える。

核は力を蓄えるごとに大きさを増し、その大きさごとに格付けされている。最初は≪種≫。次いで≪芽≫、≪蕾≫、≪花≫と、フリークスは進化を遂げ、何れ能力者数人掛かりでも歯が立たない程の脅威となる。それこそ、フリークスが人間を狙う最大の目的なのだが――。


「そう、か……だから彼女は…………」


より強力なエネルギーを持つ人間を、彼等は匂いで判別出来る。しかし、得てして強いエネルギーを持つ人間は能力者の素質が高く、殆どが覚醒を遂げる為、そう容易に食えるものではない。故に、愛のように強い素質を持ちながら未覚醒の人間は、核が未発達のフリークスにとって最高の餌と言える。

彼女が嘉賀崎に来た初日に二度もフリークスに出くわしたのも、ただの不幸ではなかった。その事にようやく、慈島は気が付いた。


「……よろしいのですか、慈島殿。真峰殿の元へ向われては」

「いや……彼女は、未だ学校だ」


気付いた所で慈島に出来ることは限られているし、決まっている。

彼は、FREAK OUT第四支部を任される所長という立場にある。愛だけが、彼の守るべき相手ではない。終始彼女に連れ添い、他の民間人を見捨てるような真似を彼は出来ないし、愛を自分の隣に常に捕えておくことも、また然りだ。


「それに、あっちには本部があるんだ……。俺が行かなくても、大丈夫だろう」


離れなければならない時間は、然るべき人間が、彼女の安全を守ってくれている。だから、慈島は自分が成すべきことを見失わない。深く息を吐いて、乱れた頭と心を整えると、慈島はデスクチェアから腰を上げた。


「俺がやるべきは、彼女が戻ってくる前に≪芽≫を摘んでおくことだ」


その赤紫色の双眸が、獲物を真っ直ぐに見据える獣のようで、一同は自ずと背筋を伸ばした。

資料を引っ掴み、片っ端から眼を通していく慈島を暫し眺めていた嵐垣は、思わず嚥下した固唾を誤魔化すように、小さく笑った。


「よーやく出動かよ。”怪物”慈島志郎」

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