FREAK OUT | ナノ


事務所から出た後、市内各地を巡回していた所員達と合流し、総勢七人という大所帯で、在津達は上野雀を歩いた。

常日頃から注意深く、スケプティックな彼でも、ここまでの人数を引き連れての巡回をすることはない。
だが、これを過剰だとか、取り越し苦労だと嗤う者は、一行の中にはいなかった。


「対岸沿いの防衛システムが、侵入者の反応を感知した直後、破壊されました」


電話の主たる所員の一人が、報告と共に提示した映像を見て、集められた一同は息を呑んだ。


凡そ、フリークスは侵略区域から海を越えて、人類避難区域に侵入してくる。
よって、対岸を重点的に警備していれば、フリークスをやってきた傍から迎撃し、市街地に潜伏されるのを防ぐことが可能であると、第二支部は対岸の防衛システムに資金と力を注いでいた。

上野雀の対岸防衛システムは、先の第三次世界大戦で使用された無人砲台を、FREAK OUT技術部が、在津の要望を受けて、対フリークスに改良した物である。
防衛システムは、海からの侵入者をセンサーで感知した後、近くを巡回している所員に情報を伝達。
必要に応じて対象を攻撃、捕縛を行い、能力者が来るまでの時間を稼ぐのだが――今回、第二支部守りの要の一つとも言える防衛システムは、侵入者を攻撃せんとした刹那に破壊された。


その瞬間は、近くに設置されていた監視カメラに映っていた。

上空から砂浜へと降り立った、一体のフリークス。それが、即座に危険レベル最大値を叩き出し、攻撃に移った防衛システムを破壊し、市内に侵入していくまでの一部始終。

一分にも満たないその映像が示すは、まさに絶望であった。


「来ちゃったね、十怪」

「……淡海ちゃんの予想、ビミョーに当たっちゃったな」


空を渡り、海を越え、上野雀の地に降り立ったのは、獅子の顔に蝙蝠の皮翼、鱗の生えた腕に、百足の尾を持った二足歩行のフリークスであった。

その姿を現したのは、防衛システムを破壊するほんの一瞬であったが、それだけで、此度来襲してきた個体を判別するには十分であった。


「忌々しい化け物の血め……子に次いで、親までもが歯向かうか」


憎々しい眼で、映像を再生するタブレットを睨む在津を横目に、猿田彦は溜め息を吐いた。
子供に仇なせば、親が報復に来るものだ。
尤も、化け物にそんな親子の情愛があるかなど定かではないし、在津が彼に嫌味を言ったことなど、相手は毛程も知りはしないだろうが。

因果応報――にしては、返って来るものが大き過ぎる。日頃の行いを含めても、だ。

猿田彦は、これ以上嘆いていても仕方ないし、飛散してきた火の粉からどう身を守るかを考えるべきかと、うんと腕を伸ばした。


「対象は海岸を抜けた後、擬態姿で西に移動中。現在、第三班が対象を監視しながら追跡していますが……匂いで気付かれてはいるでしょう」

「あれだけ派手にやらかしたんだ。能力者に見付かり、狙われることは、ハナから念頭に置いているだろう」


フリークスは、能力者を匂いで判別出来る。
どの範囲まで鼻が利くかは個体差があるので、対象が自分達の位置まで把握しているかは分からないが、追尾している所員達は確実に気付かれているだろう。

そも、相手は此処にFREAK OUTの支部があることも分かっている上で、乗り込んで来ているだろうし、自分の行動から眼を付けられることも想定済みのことだろう。
わざわざ最も警戒の強い海岸から現れ、そこから姿を眩ませたりすることなく、悠長に市街を歩くなど、狙ってやっているとしか思えない。
十怪程のフリークスならば、もっと上手く、防衛システムを掻い潜ることだって出来ただろうに。

となれば、考えるべくは、相手が何の目的で上野雀に侵入したのか。何の為にこうも堂々と姿を曝して、市街を歩いているのかだ。


「私達が出てくるのを狙ってのことか……だとしたら、後をついていくのは危険かもしれないですねぇ」

「……何れにせよ、奴が動き出すよりも早く先手を打たねばなるまい」


存外鋭い淡海の言葉に、在津は額の皺を深くしながら、タブレットを近くの所員の手に押し付け、一歩前に踏み出した。


「都合がいいことに、西には廃街エリアがある。其処で奴を挟撃するぞ」


上野雀には、過去に起きた大規模なフリークスの侵攻により、ゴーストタウンと化した区画――廃街エリアが存在する。

素行の悪い輩が溜まり場にしたり、フリークスが巣を作ろうとしたりと、とても良い使い方をされていないのだが、上野雀市内に出没したフリークスを追い詰め、戦闘に持ち込むのに最適である為、第二支部は此処を重宝している。

一日に一回は必ず、定期的に所員が見回りしているし、廃街エリア各地にも防衛システムが幾つか設けられている為、何か仕込まれたりしていれば、とうに発覚しているだろう。

よって、目的地に罠が張られている可能性は薄いと判断し、在津は決定を下した。


「これより二手に別れ、奴を廃街エリアまで誘導する。第三班は監視と尾行を継続……ただし、奴に少しでも動きがあれば、状況に応じ撤退か、攻撃しろ」


敵は、最悪の災厄。ただの一体で天災に等しい化け物。それが、十怪だ。
戦わなければならない状況にならなければ、手を出すべきではない。
大人しくしてくれているのなら、そのままにして、多少の犠牲が出るのを承知で、のさばらせておくのが最も賢い選択だ。

先の所長会議でも、そう説いた在津だが、生憎今回は、その、戦わなければならない状況であった。


嘉賀崎にカイツールが出現し、一家丸ごと食い潰した件を受け、焦燥と危機感に駆られた帝京政府は、FREAK OUTに無茶なオーダーを押し付けてくれた。

――これ以上の被害を出さぬよう、カイツールを即時討伐せよ。

その注文がつい先日の所長会議で下された状況で、新たな十怪の侵入を許し、剰えまたも取り逃がしたとなれば、第二支部の評価は地に落ちる。
鉄壁の守護を誇る、エリート支部と名高い自分の城が崩落するのは、在津にとってとても堪え難いことだ。

それに、カイーツルではないにせよ、同じく脅威である十怪の一角討伐の口火となったのならば、更に事務所の評価は上がる。


秤は、プライドによって容易く傾けられた。

在津は綿密に頭で算段を立てつつ、布石を一つ一つ、丁寧に打ちながら、所員達に指示を出した。


「間もなく、本部からジーニアスが増援に来る。それまで、総員、奴の首を取ろうなどとは考えるな。欲を出せば、狩られるのは此方だ。
少しでも削り取り、剔抉し、一枚一枚皮を剥がしていくようにダメージを与え、時間を稼げ」


十怪程の脅威ともなれば、本部から援軍を呼ぶことも出来る。

防衛システムを破壊してきたのが十怪と発覚してから、在津はすぐに本部に取り合い、ジーニアスを引っ張り出すことに成功した。
本部のある御田市から上野雀まで距離があるので、到着まで今暫くかかるだろうが、そこまで持ち堪えれば勝機は見える。

此方は、第二支部内でも指折りの実力者――第三班の面々を含め、総勢十二人。そこにジーニアスが加われば、幾ら十怪といえども、最悪撤退にまでは持ち込めるだろう。

あくまで目的は、十怪に対応し、幾らかの功績を出すことだ。欲を出し、討伐しようなどと考えなければ、それだけ慎重になり、生存率も上がることだろう。

在津は、兎角この危機を乗り越え、第二支部と己の評価を保たねばと、部下達と共に歩みを進めた。


prev next

back









×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -