FREAK OUT | ナノ
連続女性惨殺事件の犯人、寿木永久子は、身柄を拘束され、FREAK OUT本部へ送られた。
覚醒し、人と社会の枠組みを出た能力犯罪者は、帝京の司法ではなく、FREAK OUT執行部隊――バニッシャーによって裁かれる。
フリークスに行使すべき力を、一般人に使用した罪は重く、それが殺人……しかも、快楽目的となれば、尚更だろう。
彼女が、如何なる判決を下され、どのような罰を与えられるか。
それは、慈島の知ったことではなかったし、そんなことを考えていられる余裕も、今の彼にはなかった。
「……いつからだ」
医療部の一室。治療を終えた愛を前に、慈島は未だかつて、彼女の前で見せたことのない顔をしていた。
それは、義憤と憂愁を撹拌したような、何とも痛ましい表情で。ベッドの上に腰掛ける愛は、見ていられないと俯いている。
愛の治療を担当した白縫は、慈島の様子から、何事か察し、早々に部屋を出てくれた。
そのお蔭で、一対一。何処にも助け船が出せぬ状態で、愛は慈島に詰問されている。
「一体、いつから君は……」
「……つい、この間」
「どうして黙っていたんだ」
「…………ごめんなさい」
「謝るような理由があるのか」
「………………」
「……すまない。俺も今……余裕がないんだ」
らしくもなく、捲し立てるように問い詰めてしまったことを、慈島はすぐに悔やみ、詫びた。
それに愛は、ふるふると弱々しく首を振って答えることしか出来ず。部屋には重苦しい静かさが広がって、二人に圧し掛かっていた。
そんな中、慈島はどうにか冷静さを取り戻さんとしながら、自らの心境を連ねていく。
「……君は、実野里家の一件からずっと、戦うことを望んでいた。だから……愛ちゃんがもし覚醒した時は、君の意志を尊重するよう、考えてきた。
だが、その時が来てしまった今……散々頭に入れておいていた筈の言葉が何も、言えないんだ…………」
「…………ごめんなさい」
「……謝らないでくれ」
「……すみません」
愛は、膝を抱えて、酷く自分を責めた。
こうなることは決まっていた。仕方ないことだった。それでも、愛はあの時、カオルの誘いに乗るしかなかった。
力無き少女であった愛が、呪わしきこの世界の理不尽を変え、友の悲劇を弔うには、あの場で無理にでも覚醒する以外にはなく。
せめて、自身の覚醒を知られてしまった時に、慈島の負担を少しでも減らせるようにと沈黙してきたのだが――自分の愚かさが原因で、全て裏目に出てしまっていた。
慈島は、目に明らかな程に怒っているし、それ以上に悲しんでいた。
愛が覚醒してしまったこと、それを黙っていたこと。覚醒したことで強気になって、危険に首を突っ込んでいたこと。
何から問い質せばいいのか。慈島は酷く困惑し、苦悩し、額に手を宛がった。
慈島は、この場で思い切り愛を叱り付けたってよかったし、愛もいっそ、そうしてほしかった。
だが、彼女が悪意を持っていたのでもなく、これが、自分を思ってのことであることも、理解していた故に、慈島は愛を糾弾する気になれなかった。
「……君にも、色々思うことがあったんだろう。だから、黙っていたことをもう聞くのは止める……その代わりに、これからのことを話していこう、愛ちゃん」
自身の心から、余計な感情を揉み消す為にもと、慈島は話を変えることにした。
向うべき問題は、過去にもこれからにもあるのだ。
どうにもならないことに構っているより、どうにかなることを考えた方がいい。
浅い溜め息と、胸の奥底に溜まった感情を吐き出すと、慈島はすっかり消沈してしまった愛に、今後のことを話した。
「君の覚醒は、もう本部内に広まってしまっている……恐らく、今頃は上が君の処遇について話し合っているだろう。
今日中に決定が出ることはないだろうが……近い内に管轄部から迎えが来ることは間違いない」
「管轄部……」
「FREAK OUTの人事を管理する部署だ」
カオルとの約束で、愛は慈島に覚醒したことを知られるまで、猶予を与えられていた。
しかし、今日の一件で、彼女もいよいよ、FREAK OUTの人間として動かなければならなくなった。
その為に必要な過程について、殆ど聞いていなかったので、愛は息を呑んで、慈島の言葉を聞き入れた。
自分の選択が、想像もしなかった荊の道に繋がっていたことも露知らず。
「凡そ、覚醒した人間は、管轄部に連れられ、本部でセミナーを受けた後、直属の養成機関に入れられる。
其処で訓練を熟し、戦線での活躍が見込めるレベルに達した後、正式な配属が決定することになる。
それを決めるのも管轄部な訳だが……際立って優秀で、有望な能力者については、トップの統轄部が決めることもある。
そして恐らく……いや、ほぼ間違いなく、”英雄”の娘である君を、上は俺の傍に置こうとは思わないだろう」
「…………え」
急に、全てが暗がりに沈んだような感覚に襲われた。
思わぬ言葉に撃たれ、目を見開いた愛は、悪い夢でも見ているのかと、慈島を見遣る。
いつも、受け入れ難いことばかりが真実で。それはいつも、唐突に、思いがけない場所からやってくる。
殴りつけられたように呆然とする愛に、慈島は眉を顰め、苦々しい面持ちで口を動かした。
「前にも言ったが……うちの事務所は、問題を抱えた能力者の吹き溜まりだ。そんな場所に、”英雄”の娘を置いてはおけない。
帝京の未来の為、人類の勝利の為、フリークス根絶の為……上は”英雄二世”である君に、相応しい場所を用意するだろう」
愛は、知らなかった。
FREAK OUTが、”英雄”の娘である自分にどれだけの期待を掛けているのかも。
目の前にいる男の正体が、半人半フリークスの、怪物であることも。
何も知らずにいたが故に、愛にはこの未来が――慈島と離別しなければならない結末が、見えていなかった。
当たり前のように、一緒にいられると思っていた。
今よりももっと近くで、同じ世界に立つ者として、共に戦い、彼の力になれると信じていた。
それなのに。
「……ごめん、愛ちゃん」
戸惑い、言葉を失った愛を宥めようと伸ばし掛けた手を止めて、慈島は頭を下げた。
振り絞るように吐き出されたその声が、垣間見えた顔に見えた表情が、あの日――実野里家での一件で、彼が、どうか自分を恨んでくれと言った時と重なって。
愛は、心臓が切り刻まれるような痛みに、目を潤ませた。
もう二度と、慈島にあんなことを言わせまいと思っていた。
自分の弱さで、彼を苦しめることがないよう、強くなりたいと望んだ。
その為に、力を求め、カオルの誘いを受けて、覚醒した。
それなのに。どうしてまた、慈島にこんなことを言わせてしまっているのか。
愛は、違う、と口にしようとした。
違う。謝るべきは、自分だ。貴方は何も悪くない。
違う。こんな結末の為に、貴方にそんな顔をさせる為に、私は力を得たんじゃない。
違う、違う、違う。
そう連呼しても、言葉は声にならず。痛ましい静けさは、慈島の悔恨によって引き裂かれていく。
「俺が至らないばかりに、こんなことになって……。本当なら、覚醒した後のことだって、俺が見るべきなのに……ごめん」
息を吸い込むことさえ、もう辛かった。
堪え切れず、眼から涙が零れ落ちていくのを見て、慈島が更に表情に悲痛を滲ませていくのが、苦しくて仕方なかった。
どうしてこんなことになってしまったのか。
後悔しても、何もかもがどうにもならないところまで来てしまっていたし、最初から、こうなるしかなかったのだ。
(すみません、華さん。俺にはやはり……許されないことだったみたいです)
彼が生まれながらの怪物である以上、二人は、遅かれ早かれ、互いから引き剥がされる運命にあった。
その時が来ただけのことだと、慈島は痛む胸を抱えたまま、愛が泣き止むまで、ただ其処にいるだけしか出来ずにいた。