霊食主義者の調理人 | ナノ


言いながら、伊調がキッチンに踏み込むと同時に、ガシャンと痛烈な音が響いて、オーナーシェフは「ヒイッ!」と悲鳴を上げた。

間違いない、いるのだ。ポルターガイストが。

オーナーシェフの目には見えないが、それはキッチンの――恐らく、天井付近にいる。
凄まじい勢いで飛んできた皿を避けながら、伊調が尚、其処を見据えているので、オーナーシェフにも予想出来た。

超弩級の大型ポルターガイストが、自身を視認してきた伊調を威嚇している様が。


「あら、其処にいるの?」


オーナーシェフがすっかり怯え、へっぴり腰でいる中。羽美子は平然と彼の横を通って、伊調の一歩後ろについた。

彼女も一端の退魔師であるからして、危険を承知でポルターガイストに対峙しなければならないのだろうが。
それにしても、あんな小さな子供が――と、羽美子の身を案じたところで、オーナーシェフはある違和感に気が付いた。


「……今、あの子」


その一言を、聞き捨てならぬと思ったのは、自分だけではなかったらしい。

ちゃっかり盾代わりにされている伊調もまた、重たい目蓋をかっ開いて、飛んでくるフライパンを避けながら、後ろの羽美子を見た。


「いるのって……あんた、本当に」

「えぇ。前以て、聞いているでしょう?」


驚くことでもないだろう。そんなことより前を向け、と言うように、羽美子は伊調の背中を叩いた。
呆けている間にも、ポルターガイストは攻撃を仕掛けてくる。目を逸らしていては要らぬ怪我を負うだろう、と。
羽美子は、伊調の背をトンと押して、彼の問い掛けに答えた。


「視えないの。私には、霊の類が一切。せいぜい、匂いを感じ取れる程度よ」

「み、見えないって……!!」


予期せぬ事実に、オーナーシェフは悲鳴のような声を上げた。

事前にこれを聞いていたらしい伊調は、ならば仕方ないというように、前を見据えているが。
退魔師が、霊を感じ取ることが出来ないというのは、見過ごせない大問題ではないか。

オーナーシェフは、この期に及んで一層大きくなった不安をぶつけるように、羽美子に向かって叫んだ。


「それじゃ……どうやって退治するんですか!? その、ポルターガイストを!」

「ご安心を。その為に、彼がいるのよ」


だが、当の羽美子はいたって冷静かつ平淡としていて。現状全て伊調任せだというのに、実に堂々たる様で、羽美子は見えざる敵と対峙していた。

そんな彼女を背に、伊調はふぅーっと息を吐いて気合いを入れると、手持ちの黒いツールボックスを床に置いた。

よもや、初仕事が退魔師教会史に残るレベルの、超大型ポルターガイストになろうとは。
幾ら期待の新人とはいえ、些か重労働ではないかと、伊調は小さく笑みを浮かべた。


「えーっと……お嬢。何か、オーダーは?」

「そうね……。場所が場所だし、イタリアンで」

「了解」


トン、と軽く爪先で蹴ると、ツールボックスに金色の光が走り、間もなくひとりでに封が開いた。
更にそこから間髪入れず、中から二つ、何かが飛び出してくる。

それが、伊調の手によって見事キャッチされたところで、オーナーシェフはツールボックスの中身に気が付いた。


「あ……あれは」

「<討霊具>の一つ、霊切り包丁よ」


まさしくそれは、包丁であった。刃も柄も銀で作られた、刃渡り50センチはあろう包丁が二丁、伊調の手に握られている。

職業柄、包丁は見慣れているオーナーシェフだが、霊切り包丁の特異さには、思わず言葉を失った。

銀の刀身は蒼白いオーラのようなものを纏い、僅かに発光し、濡れたような刃を一層、妖しく、美しく見せる。
触れればその身が裂かれると分かっていながら、手を伸ばしてしまいたくなるような。
そんな蠱惑的な包丁を、くるりと放っては手に取りながら、伊調はポルターガイストとの距離を、じりじりと詰めていく。


「通常、霊というのは、彼のような霊感の高い人間にしか視えないもの。それは、霊が<霊装>というものを纏って、自らの姿や気配を隠している為なの。
例えるなら、栗のトゲや、貝殻のようなものね。それを剥がす為の道具が<討霊具>。そして、彼が今手にしているのは、霊切り包丁という<霊装>を切ったり剥いたりする為の物よ」


包丁だの、切ったり剥いたりだの、まるで料理のようだ。

此処がレストランで、戦場となったのがキッチンだからといって、わざわざ洒落を利かせてきた訳ではあるまい。

では、何故こんな言い回しを――と、オーナーシェフが疑問符を浮かべた直後。


「暫くは視えないだろうけど……せっかくだから、見ておくといいわ。習得難易度トリプルSクラスの超秘術・悪霊調理。今を逃すと、きっと一生見られないわよ」


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