霊食主義者の調理人 | ナノ


「……そういや、お嬢様。あんたにお土産があるんですよ」

「……お土産?」

「ガストロ、あれ出してくれ」

「ワン!」


一頻り頭を撫でてやったことで羽美子が落ち着いたところで、伊調はガストロに頼んである物を出してもらった。

万が一にと、膳手のアジトに乗り込む前、彼に預けていたそれは、五日経った今、ちょうど食べ頃になっていることだろう。小さな魔法陣から呼び出された瓶を手に取り、伊調は腹の虫を意地で黙らせている羽美子に、それを手渡した。


「……これ」

「偶々あんたがいないとこで調理した奴です。これ、保存が効くように作ったんで食べてくださいよ」


あの日、病棟で調理した背後霊のコンフュ。五日間特製シロップに漬けられたそれは、祟り神のスープの後では食べごたえがないだろうが、腹の足しにはなるだろう。

羽美子は、自分の食事は伊調の後と言って譲らなかったらしいが、生憎自分の食事時間はまだ当分掛かることだろう。それまで食わないままでいるのもなんだし、食事ではなくおやつとして食べてはどうかと、伊調はコンフュを勧めるが、羽美子は頷かない。


――本当に意固地な主だと、いっそ微笑ましくなるものだ。


伊調は溜め息を吐きつつ、今度は此方の番だと言わんばかりに羽美子の説得に掛かった。


「……俺は貴方の専属調理人なんでしょう、お嬢様」


スンと鼻を啜る羽美子の頬を撫でつつ、伊調は抑え切れない笑みを零す。

これからも、この強情なご主人様に自分は振り回されていくだろう。悪霊求めてあちこちを周り、毒気のあるジョークを交わし合い、時に叱られ、時に褒められ――自分は、彼女の専属調理人として、一人の退魔師として歩んでいく。そんな素晴らしき未来と、凛然としていながら稚けない彼女が在ることを噛み締めるように口角を上げながら、伊調は瓶の蓋を開けた。


「貴方の為に、悪霊共を料理してくるのが仕事だ。そういう条件で俺は、貴方の傍に置いてもらっているんです。……だから、食べてくださいよ、お嬢様。俺が、これからも貴方の傍にいられるように……ね」


五日も漬け込まれたせいか、悪霊は殆ど無力化しており、最早霊餐のフォークで刺すまでもなかった。ねっとりとした甘い香りと一緒に背後霊のコンフュを絡め、伊調は「はい」と羽美子の前に指を差し出した。

羽美子は寸前まで、盛大に眉を顰め、言い包められて堪るかと唸っていたが、コンフュが滴りそうになったところで観念したのか、ぱくりと指に食い付いてくれた。


舌に広がる、酷く甘美な味わいは、シロップのせいでも、背後霊のせいでもないだろう。そんなこと彼は知りもしないだろうが――今はそれでいいと、羽美子は口を開け、伊調の指を離した。


「…………もっと」


おかわりか、と瓶に指を入れようとする伊調に手を重ね、羽美子は呆けた彼の頬に唇を寄せた。その様を横で見ていた結崎が「おや」、ガストロが「ワン」と声を上げると、伊調は何が起きたのか遅れて理解したようで、眼を白黒させながら狼狽している。


――こんな子供にキスされたくらいで、そんな反応をすることないだろうに。


ともあれ、仕返し成功だと羽美子は眼を細め、子供らしかぬ表情を浮かべてみせた。


「もっと自分を大事にしてちょうだい。これからも私の傍にいてくれるっていうのなら……生きる努力をして頂戴」


伊調の心臓は、今も動き続けている。その鼓動が止まる日まで、自分達は運命共同体なのだと、羽美子は肩を軽く竦めて笑った。


「それと……私のことは、名前で呼んで頂戴。……あの時みたいに、ね」


人に仇なす悪霊と戦う者――退魔師。彼等は今も、現代社会に溶け込みながら、生と死の境界線にて、不可視の敵と戦っている。

これは、そんな退魔師の中でも取り分け異質な、二人の物語。


「かしこまりました、羽美子様」


霊食主義者と悪霊調理人の、物語。

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