霊食主義者の調理人 | ナノ


手当のでない残業と休日出勤を強いる黒一色の職場に嫌気が差し、上司の顔面に辞表を叩き付け、会社を飛び出したのも、一年前。

疲弊しきった体と心を引き摺ったまま、再就職活動にと勤しんでいた際。
<退魔師教会>なる胡散臭い組織にスカウトされた伊調理人(いちょう・まさと)は、労働に見合った賃金が出るなら何だっていいと、半ばヤケクソで入社を決め、退魔師になることを決意した。


伊調は、自覚している程度に人より霊感が強い以外、なんら一般人とは変わらない。所謂ごく普通の、何処にでもいそうな青年であった。
強いて挙げるなら、185cmとかなりの高身長であることと、ブラック企業務めですっかり死に腐ったような光のない眼が特徴か。

ところが、スカウト曰く彼は「数十年に一度の逸材」「才能の塊」とのことで。実際それは、正しい評価だったらしい。

全くの素人でありながら、伊調は退魔術の基礎を短期間でマスター。
その才能を買われ、現代退魔術の権威と謳われる教会屈指の術師から直々に、特別有能な退魔師のみが扱えるという秘術の教えを受け、免許皆伝。
そうして一年。異例中の異例とも言えるスピードで研修を終えた伊調は、一人前の退魔師として認定され、今日からある屋敷で住み込みで働くことが決定した。


「……此処、か」


が、伊調が最初に足を運ぶよう指示されたのは、屋敷から一駅分ばかし離れた場所にある、レストランであった。


オープンテラス付きの、端的に言ってお洒落な外観のイタリアンレストラン。
前以て目を通した資料に因ると、若いオーナーシェフが三年前にオープンしてから雑誌でもネットでも話題の人気店で、ランチタイムには大層な賑わい様……とのことだが。

現在時刻、十二時半。無論、昼の、だ。
だというのに、店は外から見ても閑古鳥が鳴くような寂れっぷり。
おまけに、テラスの花壇や鉢植えは滅茶苦茶に荒らされ、引っこ抜かれた花があちこち散乱している始末。
今日のオススメが書かれるメニューボードも、息絶えたように倒れている。

まるで、台風が通り過ぎた後のよう――だが、どれも人為的なものと感ぜられる荒らされ方だ。
事情を知らない者が見たら、この店は何者かに嫌がらせをうけていると思ってもおかしくはない。伊調も、この店で何が起きているか知らずに来ていれば、そう思っただろう。


「すみませーん」


妙に重たい気がするドアを開いた先。カランコロンと虚しくベルが響く店内を見て、伊調は思わず顔を顰めた。


外も随分な荒らされようであったが、中は更に酷かった。

散らばる割れた皿やコップの破片、壁にテーブルにと突き刺さったフォークやナイフ。極め付けは、あちこちにぶちまけられた、シェフ自慢のパスタやピザだ。
イタリアンの主軸たるトマトソースが、床を壁を、天井までもを濡らし、スプラッタな空間を演出しているのを見て、気分が良くなる人間はいないだろう。

なんて勿体ないことを、と伊調が眉を顰めていると、奥のキッチンから人が出てきた。

これまたトマトソースを浴びて、ホラー映画の登場人物のようになっているのは、此処のオーナーシェフだろう。写真で見た顔よりかなり窶れ、せっかくのイケメンが台無しだが、面影がある。


「……申し訳ありません、今日は」

「貸し切り、だろう。知ってる」


オーナーシェフの疲弊しきった声を遮り、伊調はスーツの胸ポケットから手帳を取出し、呈示した。


――退魔師手帳。教会が認める、一人前の退魔師にのみ与えられる証明書だ。

貸与された時は、こんな胡散臭い物を携帯する意味はあるのだろうかと思ったが、手帳を目にしたオーナーシェフが「おぉ……」と感嘆するのを見て、伊調は考えを少し改めた。


「……同じ物を出した人が、先に来ている筈なんだが」

「はい……ご案内致します」


力無い足取りについていくと、すぐにその人のいる場所が目に付いた。

店内は隅から隅まで荒らされ放題でありながら、其処だけはまるで無傷。この異様な空間の中で、一際異常。唯一何の被害も受けずにいる窓際のテーブル席に、彼女はいた。


「遅かったわね。待ちくたびれたわよ」


月光を彷彿とさせる銀髪、透き通るような白い肌。フリルがあしらわれた臙脂色のワンピースを纏う姿は、よく出来た人形のようだ。
歳は、ようやく十を迎えた頃だろうに。妖艶さを感じさせる顔立ちと、気品溢るる立ち振る舞いのせいか、子供を相手にしている気にはならなくて。伊調はすぐに、彼女で違いないと悟った。


「……あんたが、俺の雇い主か」

「如何にも」


言いながら、水の入ったグラスを傾けて、少女は妖しく笑んだ。


「私が貴方の主、神喰羽美子(かみじき・はみこ)よ」


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