霊食主義者の調理人 | ナノ


今回の水子の厄介な点は、複数の水子が互いに結び付き、力を強めている点だ。縁も所縁もない人間相手に憑いていながら、これだけ強大な力を有しているのは、そこにある。

水子達を包み込んでいる透明な袋のような膜――これも、水子同士が連結して生まれた《霊装》だろう。一見すれば、この膜は薄くて柔らかいので、調理し易いように思えるが、非常に強い弾力を持っており、ぬめりも凄まじい。これを根元から取り除くのは至難の業だ。最悪、憑りつかれている人間の背中を開くことになることに成り得る。

ならば、この膜ごと切除するのではなく、中身だけを取り出してしまおう。

伊調はぬめりと霊障防止の革手袋を装備すると、サービングカートから銀のボウルを五つ取って、それを五人の後ろに置いた。


「この周りの部分は、敢えて残しておく」

「だ……大丈夫なんですか、それ」

「お嬢が本体食ったら、全部消えるから気にするな。……お前ら、此処を紹介されてよかったな」


もし普通の退魔術でこれを相手していたら、水子の完全除去には相当な時間と労力がかかっていたことだろう。それだけ、この卵塊は生者の体に深く結び付いている。
改めて、霊餐という術が如何に優れているかを痛感しながら、伊調は一番数が多い岩南の水子から手をつけた。

水子は母親を求める性質がある為、女性に憑きやすい。現に、岩南は他のメンバーより四体ばかし多く憑かれており、影響も大きく見える。
背を丸め、震えながら「助けて、助けて……」と呟く彼女の姿は、流石に同情を誘うのか。彼女の水子から取り出すことに、他の四人は何も言わなかった。


水子を覆う《霊装》は、注視すれば僅かな繋ぎ目が視える。そこに霊切り包丁を宛がい、線に沿うようにして刃を入れることで、《霊装》を剥がすことが出来る。
此処で気を付けるのが、中の水子を傷付けないようにすることだ。この状態で水子を刺激すれば、憑かれている人間も、至近距離で作業している伊調もただでは済まない。

未だ水子は、此方に直接攻撃を加えては来ないが、卵塊はうねうねと蠢き、ぬめり、此方を苛んでくるので、一瞬たりとも油断出来ない。
伊調は、瞬きもせずに繋ぎ目を凝視しながら、ゆっくり丁寧に《霊装》に刃を入れていく。

うねる卵塊の動きを最小限にするよう、且つ、中の水子を刺激しない程度の力加減に握りながら。霊切り包丁の切っ先だけを通し、細い線からはみ出さないよう神経を使いながら、ゆっくりと。
一刻も早く終わらせたいという気持ちが込み上げてくるが、逸らず、焦らず、着実に――。そうしてようやく、膜を開くことに成功すると同時に、ボウルの中にぼとぼとと水子が零れ落ちていった。


「……まず、一人目」


一番数が多い、イコール、一番困難な相手を無事に処理出来たことで、伊調は幾らか気分が軽くなった。
しかし、まだ四人分の水子が残っている。蓄積されていく疲労を思えば、数が減ったとはいえ、作業が楽になるとは思えない。

伊調は息を整えてから、岩南の次に水子の数が多い、塩留に手をつけた――が、ここで早くも問題が生じた。


「お、おい……塩留?」

「……そいつらの声に、耳を傾けるな」

「はぁ……あ……ああ……」


《霊装》を剥がしたことで、五人に水子の存在を認知出来るようになってしまったのが徒となったようだ。岩南に憑いていた水子の声に脅かされ、塩留は酷く怯えてしまっていた。


「ママァ……アァー……マァマー……」

「オギャア、オギャア、オ、オギャ……ア……」

「ピィイイイイイイイイイ!!!」

「耳を……傾けるなって……言ったって……ぇ……」


耳を塞いだところで、水子の声は容赦なく手をすり抜け、恐怖心を煽る。
ある者は耳元で囁くように、ある者は鼓膜を劈くように泣き声を上げ、己の存在を主張する。僕達は、此処にいるよ。君のすぐ後ろにいるんだよ――と。

そう語り掛けてくるような悲憤と怨嗟の声に、塩留は完全にやられてしまったらしい。ガタガタと身を震わせ、ただでさえデリケートな調理の難易度を更に引き上げてくれている。これでは、手元が狂うどころの問題ではない。

伊調は、別の依頼人から調理に当たるべきかと思案したが、認知出来る水子の数が増えれば必然恐怖も増すだろう。しかしそれは、他の面子にも言えることである。


「た、頼む! 早く……早くしてくれぇ!!」

「そんなんじゃ、調理出来ないだろ!? お、俺からやってくれ!!」

「ちょっと……皆、落ち着きなって!!」

「うるせぇ!! ひ、一人だけ終わったからって余裕こきやがってよォ!!」


恐怖は、伝染する。塩留を口火に、他の三人も水子を恐れ、我先にと調理してくれと喚き始めた。

なんてこったと伊調は頭を抱え、この事態をどう収拾するか考えた。

こんなことなら一人一人別室で調理すればよかった。今からでもそうするべきかと思うが、一度水子の声を聞いた者が、簡単に平静を取り戻したりしてはくれないだろう。
それに、水子の調理は卵塊から取り出すだけではまだ終わらない。

水子の切除はあくまで下準備に過ぎず、ここから更に調理工程を経て、初めて調理完了となる。一番の問題は、そこまで水子を刺激しないでおくことだ。今回、伊調が全ての水子を並行して調理することを選んだのは、そこにある。

丁寧な作業によって《霊装》から取り出された水子達は、まだ自分達に危機が迫っていることに気付いておらず、大人しくしてくれている状態にある。
しかし、もし他の水子が害されるようなこと――例えば、此処で羽美子にボウルを渡し、一気飲みしてもらったりしたら。水子達は自分達も同じ目に遭うことを察し、一斉に暴れ出すことだろう。そうなれば、調理自体は随分と楽になるが、依頼人達の無事は保証出来ない。

更に厄介なのは、対象が同じ場所で同時に憑りついた水子である、ということだ。
一人一人に憑いている水子が連結している点から、水子達はリンクしている可能性が高い。今から別室で、一人ずつ調理する方向にシフトした場合――最悪、仲間の消滅を察知され、他の水子が暴れ出す、という事態になり兼ねない。それを危惧して同時調理を決めた訳だが、こうなるとお手上げだ。

水子と違い、てんで結束力のない映研メンバーの醜い争いを眺めながら、さてどうしたものかと、伊調は妙に冷静に考え始めた――その時。


「失礼致します、お嬢様」
 

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