僕は宇宙人系男子 | ナノ
宇宙人に出会ったことはありますか。
そう問えば、凡その地球人は「会ったことない」と答えるでしょうし、「宇宙人なんていない」とも答えられるでしょう。
しかし、実は貴方達が気付いていないだけで、凡その地球人は宇宙人と会って、普通に喋ったりしているのです。
例えばそこで、水澄さんに怯えたような顔をしながら会計されている常連様。
貴方が購入されたファッション誌の表紙を飾る人気モデルは宇宙人で、それを眺めているコンビニ店員の僕もまた、宇宙人です。
「星守くーん、レジお願いー」
「はい」
僕の名前は、星守真生。勿論これは地球で使っている偽名で、本名はマオ・チェスカドーラ・マグニ=ドル。
出身は惑星マグノタリカで、訳あって地球に短期留学……というか、短期潜伏しています。
繰り返し言いますが、僕は、宇宙人です。
「地球温暖化も、いよいよ深刻だな。ツンドラが溶けてやがる」
「誰がシベリア北部の永久凍土ですか。というか、溶けてるってどういうことですか火之迫さん」
「柔らかくなってるっつーことですよ、水澄サン」
温室効果ガスによる気温上昇。それに伴う異常気象、生態系・自然環境の変化、エトセトラ。
僕ら宇宙人から見ても深刻な地球の環境問題が、水澄さんにまで影響を及ぼしているかといえば、それは違うでしょう。
彼女の中の永久凍土を溶かしたのは、温暖化した地球の気候では無く、然る暗黒微笑系男子の存在なのですから。
「ちょっと前のお前なら、あのクソや……客が店に来た時点で、店内の温度を二、三度下げるようなオーラ出してたろうに。今日はポイントカード返す時『いつもありがとうございます』なんて添えてたじゃねぇか。こないだまでのお前だったら絶対言わなかっただろ」
「じょ……常連客に対する言葉として、接客マニュアルで推奨されているので言ったまでのことです。そ、それで態度が柔らかくなったように思われるのでしたら、やはりマニュアルに倣って成功であったと言えますね」
「ほーん……?」
「な、なんですか、その目は」
先の一件から、水澄さんは眼に見えてツンドラ度合が緩和されたといいますか。火之迫さんの言う通り、柔らかくなられました。
相変らず、接客スマイルには難儀しているようですが、言葉遣いや雰囲気は以前よりもずっとソフトになっています。
彼女の変わり様には店長も大層驚かれ「水澄ちゃん、どうしたんだろうねぇ」と首を傾げていましたが、それについて水澄さん当人が断として口を噤んでいますので、僕も知らぬ存ぜぬを貫いているのですが……。
「お前、こないだ日比野に漫画借りてたんだってな」
「!!」
それでも、気付かれる方は気付かれるようで。火之迫さんは顎を擦りながら、意地の悪い笑顔を浮かべ、口をパクパクとさせる水澄さんを見遣ります。
「あっはっは。おいおい、どうした水澄。たかが漫画を借りた話で、そんな顔を赤くして」
「だ、だだだ、誰も顔を赤くなんて……ひ、火之迫さんの視界が赤くなっているだけじゃないんですか?!」
「誰の目が3D眼鏡の片側だってんだよ」
このような様子ですので、水澄さんが月峯さんのことを大いに意識するようになったことは、一部のアルバイトにはすぐ看過されてしまっています。
日比野さんや、当の月峯さんは未だ気付かれていないようですが、僕のような宇宙人の眼から見ても明らかなまでに、水澄さんは月峯さんに好意を抱かれています。
例の騒動が相当大きく響いているのでしょう。ここ最近の水澄さんは、月峯さんの名前を聞くだけで大きな反応を示し、彼と同じシフトの日には挙動が不審になったり、ぼーっとされたりして。その様子を心配した月峯さんに声を掛けられれば狼狽し、逃げ出すように距離を取って……。
月峯さんは「機関の陰謀に巻き込まれたのか」「良からぬ物が憑いているのでは」と斜め上の疑念を抱いていますが、何処からどう見ても恋する乙女の反応です。多分、サーモグラデフィーで見ても明らかでしょう。
それでも月峯さんが誤解さているのは、長らく水澄さんに冷遇されていたのが原因なのでしょうが。彼が気付かずとも、周りは次から次へと察しがついていくもので。
「か……勘違いしないでいただきたいのですが、私は月峯さんの不可解な言動を理解することで職務をより円滑に進められるようにと、あの独自の話し方のルーツであろう漫画に着手しただけで、別に月峯さんとの話題作りとか、そういう理由では」
「誰も月峯のことなんか一言も言ってねぇぞ、水澄」
「〜〜〜っ!! 〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
「悪かった、悪かった。からかって悪かったって。だからトングで威嚇すんのはやめろ」
こうして、水澄さんの弁明も軽々と論破されてしまうのでした。