僕は宇宙人系男子 | ナノ


宇宙人に出会ったことはありますか。

そう問えば、凡その地球人は「会ったことない」と答えるでしょうし、「宇宙人なんていない」とも答えられるでしょう。

しかし、実は貴方達が気付いていないだけで、凡その地球人は宇宙人と会って、普通に喋ったりしているのです。


例えばそこで、レジに立つ女性店員に声を掛け、あからさまに迷惑そうな顔をされている常連様。

貴方の後ろで早くレジから退けと苛立っている男性は宇宙人で、それを眺めているコンビニ店員の僕もまた、宇宙人です。


「星守さん、レジをお願い致します」

「はい」


僕の名前は、星守真生。勿論これは地球で使っている偽名で、本名はマオ・チェスカドーラ・マグニ=ドル。

出身は惑星マグノタリカで、訳あって地球に短期留学……というか、短期潜伏しています。


繰り返し言いますが、僕は、宇宙人です。





「やっぱお前の考えるヒロイン、魅力ねぇわ」


今日発売の週刊漫画誌を捲り、センターカラーを飾るラブコメディを眺めつつ、火之迫さんがぼやいた言葉に、隣で同じ雑誌を立ち読みしていた月峯さんが、眼と口をこれでもかと開きました。

来週のシフトを確認する為にお店に来たところで、忘れ物を取りに来た火之迫さんと鉢合わせ、学校の課題で描く次の漫画の話をしている最中、そういえば今日は件の漫画誌の発売日だった、あの漫画今週号で最終回だったなと、二人で雑誌を立ち読みに向かった先で、まさかこんなことを言われるとは思ってもいなかったのでしょう。
悲壮感で満ち満ちた顔で、何故今そんなことをと訴えかける視線を向ける月峯さんと、彼に一瞥もくれることなく漫画を捲り続ける火之迫さんを見遣りつつ、僕は近くの棚の商品を補充します。


「前も言ったけどよぉ、主人公がクール系なのにヒロインまで無口でどうすんだよ。お前の漫画でテンション高い奴、初っ端に出てくるヒャッハー系のやられ役か、狂気のマッドサイエンティストだけじゃねぇか。もっとこう、場の空気を明るくするような天真爛漫女子を入れろ」

「しかし、ヒロインが過去に背負っている惨劇を考えると、あまり明るい性格には……」

「そこはあれだ。お前の大好きな記憶喪失とかそういう感じで」

「な、成る程……それも美味しいですね。メモ、メモ……」

「冗談だ。そんな軽率に記憶ロストさせてやるなよ」


――記憶喪失。

夢落ち同様、使い古された御都合ネタだと否定的な意見の多い展開ですが、書き手側ではその使い勝手の良さから好かれているようです。

人為的に記憶を消去する術を有している僕ら宇宙人からすると、偶発的に起こる記憶喪失というのは中々ドラマチックだと思うのですが、偶然も重なり過ぎると飽き飽きする、ということなのでしょう。

ともあれ、安易に記憶喪失ネタを用いるべからずと忠告すると、火之迫さんは話を本題に戻しました。


「まぁとにかくだ。もっと女子キャラにパターン作れ。明るいキャラもそうだが、こう……ツンデレとかヤンデレとか」

「ツ、ツンデレですか……」

「男は大体ツンデレ好きだろ。俺はデレデレ派だけど」

「お……俺は、ツンデレは、ちょっと……あまり」

「そうなのか?」


地球産の漫画を愛する宇宙人の間でも、ツンデレは高い人気を誇っています。

ツンデレの代名詞とも言える台詞……「か、勘違いしないでよね!」が、大宇宙流行語大賞を取ったレベルで、ツンデレの破壊力は銀河を越えるとまで言われていました。

今も人気のあるキャラクターとして、地球では多くのツンデレキャラが輩出されているそうですが、月峯さんは苦い顔をしています。


「ツンデレ系ヒロインって、凡そ理不尽に暴力を振るってきたり、主人公にキツい物言いをしたりするじゃないですか……。やたらと上から目線ですし……ああいうハーレムの肥やしみたいなキャラは、安易に出したくないと言うか……」

「お前、ツンデレに親でも殺されたのか?」


余談ですが、月峯さんはラブコメディがあまり好きではないそうです。

曰く「俺が好むのは、血湧き肉躍る狂乱のクロニクル……」とのことですが、読んでいて恥ずかしくなってくるのでまともに読めないというのと、女性陣がこぞって主人公を好きになるがばかりに、最終的に選ばれるヒロイン以外が失恋してしまうのが可哀想、ということだそうです。

加えて、自分が一番好きになるヒロインとは真逆のタイプが、最終的に主人公のハートを射止めてきたというのも、ラブコメディを読まなくなった一因だそうで。
成る程、ツンデレキャラがあまり好きではないのはそういうことですかと頷く僕の横で、月峯さんは雑誌片手に腕をクロスさせます。ツンデレに対し否定的であることを示す構えなのでしょうか。


「と、とにかく俺は、クーデレ推しです! 冷静沈着。それでいて、主人公に対する想いは熱く、彼の傍では感情的な一面を見せる的な……」

「そういやお前、KYOYAの女子キャラもクーデレのやつ推しだったよな。あれサブキャラっつーかゲストキャラだけど」

「はい! 墓場の森の主、骸堂蓮華(むくろどう・れんげ)に仕えるメイド兼暗殺者のリディアが俺は本当に好きで……。KYOYA公式グッズは女子キャラがあまり出なかったので、ゲストキャラであるリディアもピンバッジになったのが奇跡的なレベルで……それでも満たされなかった当時の俺は、掲載誌の切り抜きをラミネートしていました」

「ごめん。オヤジの漫画のファンにこう言うの悪いとは思うんだが、お前それは流石にヤバいわ」


――皆やっていることでは無かったのか。


ショックに打ちひしがれ、絶望を絵に描いたような顔をされる月峯さんをそのままに、火之迫さんは雑誌をパラパラと捲りながら、僕の方へ顔を向けます。


「ところで、星守はどんなヒロインがタイプだ?」

「タイプ……ですか」

「まぁフツーに女の好みでもいいけど。お前って何かそういう傾向読めねぇからよ、ちょっと気になったんだ」


思えば、女性の好みについて深く考えたことはありませんでした。


僕の故郷、マグノタリカでは、物心ついてから成熟するまで(地球人で言うところの、三歳から十五歳までに当たります)国営の訓練施設で戦士としての訓練を受けることが義務付けられています。

マグノタリカ星人は、大宇宙でも指折りの実力を有する戦闘種族ですので、訓練も苛烈を極め、生活環境もとても厳しいものでした。
娯楽といえばスポーツか読書。恋愛はご法度。そんな訓練所生活が終えた直後に、僕は大宇宙治安維持局の士官学校に入りましたので、今日まで恋愛についてどころか、異性の好みについてさえ考えることがなかったのです。

それだけ余裕が無かった、というより、僕の場合、とにかく自分を高めることに熱中していたと言いますか。
より優秀な戦士となり、マグノタリカが誇る立派なエージェントになりたいという一心で、僕は鍛練や勉学のこと以外、殆ど頭に浮かべずにいたのです。


そんな訳で、理想の女性像一つ浮かべるのにも時間を要している始末なのですが――……。


(助けてくれてありがとうございます、星守先輩。いつも、いつも。ありがとうございます)


いやいやいや、なんで此処で彼女のことを思い浮かべるんですか。

確かに、あの時の日比野さんの笑顔は大変魅力的でした。しかし、だからといって、どうして好ましい女性の話をしていて、彼女のことを思い出すんです。
幾ら衝撃的なまでに可愛いと思ったとはいえ、そんなことを思うのはどうなのか、マオ・チェスカドーラ・マグニ=ドル。


熱を持った思考がグルグルと頭の中を駆け巡り、オーバーヒートを起こしてしまいそうなくらい顔が熱くなって。そんな僕の様子に違和感を覚えた火之迫さんが「オイ、どうした星守?」と訝った、その瞬間。


「申し訳ございません、お客様。これ以上は他のお客様のご迷惑になりますので、ご自宅、或いは土におかえりください」


凛と冷たい、まさに氷のようと比喩するに相応しい声によって、店内の空気が一瞬にして凍らされました。


一体何事かと顔を向ければ、其処にはレジカウンター越しの相手に氷柱を突き刺すが如き睨みを利かせる声の主と、その威圧感に言葉と笑顔を失う常連様の姿。

それで全てを察した我々は、揃って眼を細めながら、石像と化した常連様を放置して次のお客様をレジに迎える彼女――水澄雪音(みずみ・ゆきね)さんを見詰めました。


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