僕は宇宙人系男子 | ナノ


「あ、相変わらず、凄まじい冷気を放っているな……水澄女史は。あれが真のエターナル・フォース・ブリザードか……」

「相手は死ぬってやつか」


きりっと吊り上った眼に、透き通るような白い肌、黒く艶やかな髪をポニーテールにした容姿端麗の女子高生。
それが彼女、水澄雪音さん。日比野さんと同じ高校一年生で、彼女より一ヶ月早く此処で働いている方です。


「流石っす、水澄先輩! 自分、あんなクールなナンパ撃退初めて見たっす!」

「……見てないで仕事してちょうだい、日比野さん」


同い年ではありますが、一ヶ月先輩だということで、日比野さんは彼女を先輩呼びし、敬語を使っているそうです。

しかし、水澄さんが落ち着いた雰囲気をしていることや、新人とは思えぬ見事な仕事っぷりから、凡その人は水澄さんの方が年上だと勘違いしてしまうどころか、近頃は日比野さんが「えっ!? 水澄さんって同い年だったんっすか?!」と驚いている始末です。


「今日は、からあげちゃんが一個増量セール中なんだから、作る個数とペースをよく見て。チャンスロスになるわ」

「了解っす! 自分、たくさん揚げてくるっす!」

「揚げ過ぎは厳禁よ。作れば作るだけ売れるって訳じゃないんだから、廃棄が出ないよう売れ行きを見て……」

「あいつ、日比野より一ヶ月早く入った新人とは思えねぇよなぁ……。バイト自体初めてだっつってたのに、大したもんだ」


水澄さんは、歳不相応なまでにしっかりされている方です。

アルバイトを始めた理由も、高校生にありがちなお小遣い稼ぎではなく、社会勉強兼、接客を介して冷淡と称される自身の性格を直したい、という動機だそうで。
研修時代から凄まじい早さで仕事を覚えていく彼女を見て、今時珍しい絶滅危惧種レベルの真面目ちゃんだと、火之迫さんは舌を巻いていたのですが。


「レジも品出しも速いし、揚げ物もきっちり管理出来てるし、発注も適確。半年前に入った筈の月峯より仕事出来るんじゃねぇか、アイツ」

「うぐっ!」


後から入ってきた女子高生にも劣る、と評された月峯さんの方は、甚大な精神的ダメージを受けているようです。
日頃から感じている劣弱意識をはっきりと指摘され、胸を押さえながら轟沈していく月峯さんに、何と声を掛けていいのやら……と、僕は無言のまま、彼の肩をポンと叩きました。

此処は、嘘でも「そんなことないですよ」と言うべきだったのかもしれませんが、その場凌ぎの虚言は僕の為にも彼の為にもならないでしょうし、即座に火之迫さんにツッコまれることでしょう。

悲しいことですが、今の水澄さんが月峯さんより仕事が出来るというのは事実です。
これが確定事項である以上、仕方ないことなのですと、どんよりしたオーラを背負って屈み込む月峯さんを、これでもかと細めた眼で見遣っていると、雑誌を閉じた火之迫さんが深い溜め息を吐きました。


「けど、それだけに惜しいもんだな。水澄の奴、仕事は出来ても愛想がなぁ……」


適確なレジ打ち、迅速且つ丁寧な品出し、先を見通した揚げ物管理、エトセトラ、エトセトラ。
どれを取っても非の打ちどころのない見事な仕事ぶりに定評のある水澄さんですが、そんな彼女の唯一にして最大の欠点が、未だ残っています。

それさえ直れば完璧なんだがと、眉を顰める火之迫さんの見つめる先には、接客スマイルの”せ”の字も見えない水澄さんの顔。


――彼女自身も自覚しているようですが、水澄さんは大変にフリジディティーな方で、どうしても愛想を良くすることが出来ないという難点をお持ちなのです。


「こちら、温めますか?」

「コレ、あったかくないの?」

「畏れ入りますが、お客様。お客様は既に温かいものを温めるかという問いかけに意義を感じられますか?」


加えて、彼女の真面目過ぎる性格が招く、この氷で出来た刃のような物言い。
間違っているのが向こうならば、遠慮も躊躇も不要。正すべきことは正して然るべきだと、歯に衣着せぬ水澄さんに、お客様は猛吹雪に当てられたように硬直し。
鋭い目つきから放たれる零度の視線に威圧され、ちょっとその態度はどうなのかと異議を申し立てることも出来ぬまま、凍えた体を縮こまらせることしか出来ないのでした。


「す……すみません……」

「温めは?」

「あ……お願いします……」


付け入る隙が見当たらない氷の心。その、永久凍土さならがの冷たさと、水澄さんの言葉がなまじ正論であるのも相俟ってか、反論出来ないままにお店を出ていくお客様を眺めつつ、僕らは揃って深く息を吐きました。


「まさに”ツンドラ系”女子だな。どーりでアイツがいる日はおでんがよく売れる訳だ」

「……日比野さん史上、最も適切なネーミングだと思います」


其処に一切のデレは無く。心はツンケンとしてドライ。
そんな水澄さんを「ツンドラ地帯ばりにクールっす!」と賛美した日比野さんが名付けたのが、ツンドラ系女子。

火之迫さんでさえ心の底から「上手いこと言いやがったなコイツ」と褒めた程、水澄さんのカテゴリーとして相応しい名称だと、改めて感じられます。

尤も、当の水澄さんはこの名前を気に入られていないそうですが――。


「月峯さん、火之迫さん。まだいらっしゃるんですか」


などと考えた側から吹き荒ぶブリザードに、火之迫さんは軽く眼を見開き、しゃがみこんだまま落ち込んでいた月峯さんは大きく肩を跳ねさせました。


年下且つ後輩とはいえ、火之迫さん以上に手厳しい物言いをする水澄さんが、月峯さんは苦手なようです。
彼女の視線を回避せんと、慌てて僕の後ろに回り込み、急いで開いた雑誌で顔を隠している辺り、相当な苦手意識を持っていると見て間違いないでしょう。

そんな月峯さんを冷たい眼差しで一瞥すると、水澄さんは腰に両手を宛がいながら、立ち読みも立ち話も大概にと眉を吊り上げます。


「そろそろ荷物が入ってくるので、早急に用件を済ませて退出してくださいませんか。星守さんが業務に集中しかねます」

「ん、ああ……もうそんな時間か」


時刻は午後七時過ぎ。もう直、カップ麺や袋菓子、飲料などが入ったダンボールが運ばれてくる頃です。
お喋りは程々にして仕事に取り組まなければ、定時までに荷物が片付きません。

此処に火之迫さんと月峯さんがいると、僕の動きが悪くなり、時間内に業務が終わらないと、水澄さんは用が済んだのなら早く帰るようにと二人に帰宅を促します。

この間にも、水澄さんからは二人を店の外まで押し出すようなオーラが出ているのですが、火之迫さんは特に慌てる様子も無く、雑誌を元の位置にきっちり戻して、くぁと欠伸までしてみせました。


「俺も明日また企業説明会だし、夕飯買って帰るとすっか。月峯、お前は?」

「お、俺も……来週のシフトは確認出来たので、これで」


対する月峯さんは、あたふたしながら雑誌を適当なところに突っ込んで、水澄さんにまたも睨み付けられてしまう始末で。
その内、水澄さんの方が先輩なのではと疑る人が出てきてしまうのではないかと、僕が苦笑いを浮かべる中、火之迫さんは手早く今日の夕飯――定番の人気商品、チキン南蛮弁当です――を購入し、颯爽とお店から去っていきました。


「じゃあな、星守、水澄、日比野。今日はあんまダンボール取ってねぇと思うけど、頑張れよ」

「お疲れさまーっす!」

「お疲れ様です」

「月峯も、またな。課題、頑張れ」

「はっ、はい! …………よし。では、俺も帰還するとしよう。また逢おう、友よ。そして日比野女史、水澄女史も」

「いいから早く帰ってください、月峯さん。台車が通るのに邪魔です」

「?!」

「月峯先輩、お疲れさまっす!」

「……お疲れ様です」


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