僕は宇宙人系男子 | ナノ


そんなことがあったのが、三日前になるのですが。
あの日からずっと、月峯さんは水澄さんの言葉を気にしているようで、彼女とシフトが重なる今日は、出勤前から深刻な面持ちをされていました。


「水澄女史は、俺に対する態度が厳しい」


水澄さんがウォークで飲み物を補充されている間。まさに鬼の居ぬ間に洗濯と言わんばかりに、月峯さんは指を組んだ両手を口元に宛がう総司令官ポーズを取りつつ、胸に溜まった蟠りを吐露します。


「此処に来たばかりの頃……というか、初めて同じシフトで働いた時は、そうでもなかったのだが……何故か、その日の仕事が終わる頃には今の感じに」

「そりゃあ、当時のお前がバイト初日の水澄でもドン引きするくらい仕事出来なかったからだろ」


一刀両断。斬り捨て御免と言わんばかりの火之迫さんのツッコミに、月峯さんは見事レジカウンターに崩れ落ちていきました。


火之迫さんは今日も出勤日ではないのですが、店長とシフトの打ち合わせをする為に来店されていました。

また水澄さんに怒られないよう、今日は用件を済ませたら速やかに帰ると言っていらしたのですが、月峯さんがこの調子なので、見兼ねて思わずツッコんでしまったようです。


「今思い出しても頭痛くなるもんなぁ……あの時のお前。レンジで弁当のソース爆発は誰でも一度は通るけどよ、同時に三個分の弁当をボンバーさせたのは地球上でもお前だけじゃねぇの? だから水澄に『蓮司って名前なのに、まともに電子レンジ使えないんですか』って言われんだよ、お前は」

「やめてください! あの時のこと思い出すだけでお腹壊しそうなくらいダメージ受けてるんです!! やめてください!!」


少し前まで月峯さんは「目を離した隙に何か一つ必ずやらかす」とまで言われていた程度にミスが多く、水澄さんがこのお店に来た頃も、奇跡的な失敗を繰り広げては火之迫さんを噴火させたり、店長を過呼吸寸前まで爆笑させたりしてきました。

時たま、わざとやったのかと疑られてしまう程の、武勇伝とも呼ぶべき失敗談の数々。同時多発ソーステロも、その一つとして語り草となっているのですが、水澄さんは大層幻滅されたそうで。あの時の水澄さんの、ゴミが溜まった排水溝を見るような顔が、月峯さんのトラウマになっているとのことで。
今も思い返して、お腹が痛みそうな程にダメージを受けているらしい月峯さんは、うんうん唸りながら、カウンターからゆっくりと顔を上げていきます。


「だとしても……だとしても、ですよ。俺は先輩で年上なんですから……もうちょっとこう、柔らかい態度で接してくれてもいいと思いませんか」

「まぁ、お前の気持ちも分からんでもないけど、正直俺が水澄の立場だったら難しいな」


が、上がり切る前に再び撃沈。月峯さんは見事に額をぶつけ、そのまま、よよよとカウンターに泣き付きます。


「そ……そんなぁ」

「水澄に態度の改善求めるより、お前自身が先輩らしくなるよう成長した方が色々捗ると思うぞ。水澄は納得しないことに頷かねぇ質だし、仮にもし承諾してくれたとしても、お前がエキセントリックなミスやらかした日には『やはり無理です』って言うだろうしよ」


確かに、水澄さんの性格から考慮するに、彼女に妥協していただくより、月峯さんのスキルアップに専念した方が効果的且つ早期解決に繋がると思われます。

それが出来たら苦労はしない、と月峯さんの眼は訴えていますが、アルバイト始めたての頃は「絶望的」「他のアルバイトに転向した方が彼の為」とまで言われていながら、現在は「多少は不安だが、一人でもレジを任せられる」という評価に至ったのですから、出来ないことはないでしょう。
時間は掛かるかもしれませんが、今出来る仕事のレベルを上げ、水澄さんが評定を改めるような働きを見せれば、自然と敬意を示される筈です。

そこに至るまでに、月峯さんの胃に穴が開きそうな気がしないでもありませんが――と、僕がチルド飲料の補充を終えた時でした。


「全くもって、火之迫さんの言う通りです」

「?!!」


冷気を纏い、ぬっと姿を現した水澄さんに、月峯さんが声にならない叫びを上げ、宙を掻いてもがくような動作を繰り広げること数秒。
火之迫さんが「アチャー」と、些か意地の悪いような笑みを浮かべられる中、水澄さんは慌てふためく月峯さんを、じとっとした眼で睥睨します。


「み、水澄女史?! い、い、いつの間に!!?」

「そんなことより月峯さん。貴方がお喋りしている間に、おでんつゆの水位が随分減っているようですが」


どうやら、水澄さんには殆ど聞かれていたようです。

その上で彼女は、月峯さんに一切の情け容赦無く、雨霰の如く、冷徹極まれる声を突き刺していきます。


「具材が焼けてしまったらどうするおつもりだったんですか? 一部分固くなった卵や白滝を廃棄して、わざわざ作り直すんですか? 煮込んでお客様に販売出来るようになるまで三十分も掛かるのにですか? 人のことをとやかく言うより、まず自分の仕事っぷりと振り返ってはどうです。それが根本的な問題解決に繋がることですし」

「う、う、うあああああ!!」


樽に剣を突き刺し、上に乗せた海賊の人形を飛び出させる玩具のように、グサグサと突き立てられた水澄さんの言葉に堪えられなくなった月峯さんは、耳を塞ぎ、悲鳴を上げながらカウンターの下にしゃがみ込んでしまいました。

その様を、呆れ返ったような面持ちで睨み付けると、水澄さんは「何と哀れな……」と屈み込む月峯さんを見ながら肩を竦める火之迫さんに顔を向けます。


「火之迫さんも、勤務中の人と話すのは控えてください。ただでさえアレな月峯さんが、更にアレしてしまいます」

「あぁ、そこは悪かった。謝るぜ、水澄」


参った参った、と両手を挙げながら、水澄さんを宥める火之迫さん。

彼も、勤務中の月峯さんに構ってしまったことについては、悪いことをしたと思っているようですが、それはそれと言うように、火之迫さんは苦笑いを浮かべます。


「けどよ、月峯にも一応は矜持ってもんがあるんだ。難しい話だとは思うが、あいつにもそれなりに敬意を払ってやっちゃくれねぇか? それなりでいいから」

「月峯さん次第で善処致します」

「アッハハ。厳しいなぁ、おい」

「私は、敬意を払うべき相手にこそ然るべき態度を取るべきだと考えています。月峯さんが、私にとって尊敬に値する存在になったその時は、改めるつもりです」


それだけ言うと、水澄さんはツン、と顔を背け、踵を返し、飲料コーナーをチラリと一瞥すると、ウォークへと戻って行きました。
どうやら、品切れになっていた棚に何が置かれていたのかを見る為に出てきたところで、件の会話を耳にしたようです。

壁に耳ありと障子に目あり。また一つ、地球のことわざを体感したところで、火之迫さんが眉を下げながら、首を横に振ります。


「だとよ。月峯、水澄が厳しいことについては諦めろ」

「友よ!! 孤立無援の俺を救い賜え!!!」

「……ファイトです、月峯さん」

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