僕は宇宙人系男子 | ナノ


貴方の描いた漫画を見せてください、と素直に頼んで、見せていただけるか。

脳内で数パターン、シュミレーションしてみましたが、僕と月峯さんの間柄では、それは困難なように思えました。


まず、普段業務以外で、あまり彼と話をしないというのが大きな問題です。

常日頃会話する間柄ならば、自然な流れで事を運べますが、普段挨拶を交わし、必要最低限のことしか話さないような仲だというのに、いきなり漫画を見せてほしいと切り出すのは、あまりにも不審です。

日比野さんから話を聞いて、興味を持ったので……と言えば、怪しく思われることはないでしょうが、それで月峯さんが原稿を見せてくれるかというと、否と思われます。


月峯さんはあれでいて、かなりシャイな性格の持ち主です。

恥ずかしがり屋でありながら、あの言動なのかと思われるかもしれませんが、僕が思うに、あれは月峯さんなりの照れ隠しで、仰々しい物言いで自身を鼓舞しているものであると考えられます。
まだ僕らが此処でアルバイトを始めたばかりの頃。月峯さんは挨拶一つするのにも緊張していましたし、未だにお客様にお声を掛けられると、大層戸惑い、どもったりしてしまっています。
そんな彼が、決して親しい仲合とは言えない僕に、自作の漫画を快く見せてくれるとは、考えられません。

では、どのようにして彼の作品を拝読し、真実を明らかにするのか。悩んだ末、僕が取った行動は――。


「…………申し訳ございません、月峯さん」


退勤後。ロッカールームで着替えをしていた月峯さんに、僕は背後から手刀をお見舞いし、彼を気絶させてしまいました。

冷静に考えればもっと他に、いい策があったろうに……。困っていたとはいえ、焦っていたとはいえ、とんでもない手段に出てしまったものだと、僕は気を失った月峯さんを見て、激しく後悔しました。

幾ら任務の為とはいえ、エージェントが地球人に手をかけるなど、あってはならないことではないか。
勿論、外傷を作らないよう、後遺症などないよう、細心の注意を払い、最小限の力で意識を奪わせていただいたのですが、やってることは先日捕えたバルトス星人と変わりません。
エージェント失格。いえ、人として失格です。

そんなことを思いながらも、もうやってしまった以上は仕方ないと、僕は月峯さんを壁に凭せかけるようにして寝かせ、彼の鞄の中身を探りました。

やはり、やっていることは完全に犯罪なのですが、これも致し方ないことだと自分に言い聞かせながら、僕は必死の形相で目当ての物を探し――そして、見付けました。

日比野さんの話に出ていたであろう、漫画の原稿が入ったファイルを。


「……本当に、本当に申し訳ございません」


謝ったところで、絶対に許してもらえないこととは思いますが、僕も色んなことが懸っているのです。

本当に悪いことをしているとは思っています。いつか何かしらの形で、必ず償わせていただきます。ですから、どうか何卒ご容赦くださいと、僕は祈るような想いを胸に抱きつつ、素早く中身を検めさせていただいたのでした……。





簡潔に申し上げますと、月峯さんの漫画の主人公は、僕によく似ていました。

顔立ちや髪型などは僕の擬態姿ほぼそのまま。そして日比野さんが仰られた通り、高身長で、バトルシーンなどの動きも俊敏で、僕をモデルにしていると見て、間違いないでしょう。
しかし、問題の宇宙人という点についてですが……それは日比野さんの勘違い、というか、誤認識でした。

確かに相当ざっくり言えば宇宙人とも言ないこともなかったのですが、月峯さんの漫画の主人公・アビスの正しい設定はこうです。


――遥か銀河の彼方。混沌の闇の中に封じられし破壊の神<ケイオス>。
生まれながらにその力の断片を身に宿し、全てを無明の暗黒空間へと葬り去る、音速の暗殺者。死神の名を冠する呪われし者……。


成る程。宇宙が関与していることには違いませんが、これを宇宙人と言ったのは、この漫画が日比野さんにとって難解で、よく分からなかった為でしょう。

画力は高く、キャラクターデザインも秀逸で、月峯さんの手腕が遺憾なく発揮されてはいるのですが……。
所謂読み切り作品であるにも関わらず、ストーリーが広大で、創作用語が非常に多く、凝り過ぎと思われる設定が随所にこれでもかと一話に詰め込まれ、情報整理に苦戦します。
これは、日比野さんが理解出来ないのも、仕方ないでしょう。
勝手に、しかも気絶させてまで読ませていただいた身でありながら、誠に、誠に申し訳ないのですが、読後に僕が抱いた感想も「なんだかよく分からない」でした。

僕が宇宙人であることが見抜かれているのでは、ということを確めるべく読ませていただいていたというのに。
途中から用語や設定の理解に追われ、あろうことか内容把握の為に三回ほど読み返した後に、本来の目的を思い出した始末で。
これまで感じたことのないレベルの心苦しさに見舞われながら、原稿をファイルに、ファイルを鞄に戻した後。僕は、月峯さんが僕の正体を見抜いているか否かの疑問に、こう結論付けました。


「…………多分、大丈夫ですね」


恐らく月峯さんは、地球人として振る舞っている僕の姿と、宇宙人系男子という呼び名から着想を得て、あの主人公のキャラクターを作り上げたのでしょう。
作中に描かれていたのは、星守真生としての僕であり、マオ・チェスカドーラ・マグニ=ドルとしての僕らしき描写は一切ありませんでした。

正体がバレていたかもしれないということが杞憂に終わったことは非常に喜ばしいのですが、安堵以上に、本当に申し訳ないことをしたという気持ちでいっぱいいっぱいで。
僕は、ゆるゆると眼を覚まし「あ……あれ?」と困惑した様子で辺りを見回す月峯さんに、今後どう贖っていこうかと思案しつつ、彼が立ち上がるのを手伝わせていただきました。


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