楽園のシラベ | ナノ


シラベが沈黙したまま、煙草を取り出し火を点ける様を、寄生生物は静観している。
遥か昔に支配し、調べ尽くした《イニシエート》の残党を前に、何も焦る必要はないと。シラベの同胞を乗っ取った寄生生物は、余裕綽々と佇む。

無論、自分がそうしてシラベを舐めていることで、彼の企みを成立させるのでは、という疑念もある。
それで手抜かりをするような甘さは、無い。
寄生生物は、悠々と、かつ虎視眈々と、シラベの最後の希望の糸を断ち切る瞬間を狙う。


「だんまりは困りますね。また、貴方を実験台に乗せて、調べなければならなくなります」

「とっくの昔に調べ尽くしたモンが、何考えてるかくらい当ててみせろよ。お前らだって、同じような脳ミソ使わせてもらってんだろ?」

「貴方が何を考えているか。その予想は既についています。その上で、我々は、推察が正しいのか否かの、答え合わせを求めているのです」


シラベが此処に向かってきていることが判明した頃には、寄生生物達は彼が何かしらを企んでいることを予測していた。
同時に、彼が自分達に牙を剥くのに、最も効果的かつ勝率の高い術も、算出していて。あとは、彼に言った通り、答え合わせをするだけだった。


「貴方が此処を逃げ出して数百年……ただ逃げ惑い、行方を眩ませる為に世界を転々としていたとは思えません。
星と共謀し、反撃の術を模索し、計画を立て……それを遂行すべく、再びこの地に赴いた。我々、十人の使徒を相手に、一矢報いる算段で」


十人、と言ったところで、シラベの顔付きが変わった。

その揺らぎに付け入るように、寄生生物は饒舌のナイフを、彼の胸に突き刺していく。


「たった一人の貴方が、我々を相手取るには、気付かれぬよう一人ずつ倒すのが最も確率が高い筈です」

「しかし、ほぼ単独で動くことも、《アガルタ》から出ることもない我々を相手に、それは不可能」

「と、なれば……貴方が取る手段は一つ」

「忌まわしき記憶の宿るこの地ごと、同胞の肉体を支配した我々を、星のエネルギーを用いて爆破する。……それが、貴方が企む失楽園計画なのでは?」


シラベを追い詰めるように、一人、また一人と《イニシエート》の体を支配した寄生生物達が姿を現していく。

狙いが自分達と分かっていて、尚。恐るるに足りないと判断し、彼の冷静さを欠かせる為に、寄生生物達は歪めた笑みを浮かべながら、シラベを囲む。


「貴方は、長い時間を掛けて星を周り、エネルギーの流れを操作し、それを《アガルタ》へと集めた」

「幾ら《イニシエート》の体でも、本体である星の力には抗えません。この研究所と、島諸共吹き飛び、木端微塵になるでしょう。」

「貴方が此処にわざわざ現れたのは、より精密な調律を行い、我々を一人残らず殲滅する為……そうでしょう?」

「……そこまで踏んで、よく俺を此処まで通したもんだな」

「貴方が星のエネルギーを此処に流し込んだ時点で、調律を出来ない我々に出来ることは決まっていますから」


知り尽くしている。故の余裕と、警戒。
寄生生物達は、シラベともう一人の《イニシエート》を使い、彼等の生態や能力を研究してきた。

気が狂う程の長い年月をかけ、あらゆる実験を行い――その果てに判明したのは、《イニシエート》は寄生生物達の理想とも言える肉体を有しているということ。
そして、寄生生物達にとって非常に惜しまれることに、彼等には繁殖能力が無いということ。
星の調律は、正常な《イニシエート》にしか出来ないということであった。

体は同じ、《イニシエート》のもの。それが、十対一ならば、計算するまでもなく、此方の圧倒的有利だ。
だが、彼等にとって唯一懸念すべき問題は、現状、星を調律し、その絶大な力を味方につけることが出来るのは、シラベただ一人ということであった。

彼が逃走中、星と共謀し、そのエネルギーを《アガルタ》に集めたのなら、それを変えられるのはシラベだけ。
しかし、逆に言えば、シラベさえ止めてしまえば集めた星の力も、起爆せずに終わる。

スイッチを握り締めている彼の手が、動けなくする。寄生生物に打てる手はそれだけだが、元より優勢である彼等には、それだけで十分であった。


「それに――貴方の計画には、大きな綻びがある」


パチン、と高らかに指が鳴らされた。

それと同時に現れた最後の一人の姿を目の当たりにした瞬間。シラベの心臓は凍てつき、冷えた血が彼の全身を固めた。


「シラ……ベ」

「星以外の共謀者が、あまりにも脆弱でしたね。シラベ・シャンバーラ」


二人と一羽。それだけの、とても小さく、薄弱な存在。
それが、全てを捨てるつもりで此処に来たシラベを繋ぐ、唯一にして最大の鎖だった。


「て……めぇらあああああああ!!!」

「おやおや。彼女達を、随分大切に想われているのですねぇ」

「パクアブに置いて行ったのも、巻き込むまいと思ったからですか?」


咆哮するシラベを前に、捕らわれのリヴェル達は悟った。

自分達が何の為に攫われたのか、彼がどうして自分達を置いていったのか――全ては、今に繋がっていたのだ。


「さて、どうしますか? シラベ・シャンバーラ。このまま《アガルタ》を爆破しては……貴方の大事なお仲間も、一緒に粉微塵になってしまいますよ?」

「それでも、実行するというのならどうぞ、おやりなさい。かつての同胞も、今の仲間も、全て吹き飛んでしまいますがねぇ」

「シラベ……」

「シラベ、さん……」


綻びを見抜かれた時点で――否。綻びを作っていた時点で、計画は破綻していた。


戦うのなら、徹底して一人になるべきだったのだ。

誰にも心を許さず、情を見せず、突き離し、孤独のままに乗り込んでいれば。何もかも破壊する選択肢を、迷わず取れただろうに。シラベは、弱みを見せてしまった。
崖っぷちに立たせ、あとは突き落すだけだった寄生生物に、反撃の一手を与えてしまった。

こうなることを、シラベは分かっていただろう。
だからこそ、彼はリヴェル達をパクアブに置いて、単身《アガルタ》に向かったのだ。


全ては、分かっていたことだった。だのに、シラベはそれを防ぐことをしなかった。

何もかもが明かされていく中、それだけが、彼と、彼の真意を知らされたシソツクネ以外の誰にも分からなかった。
リヴェルにも、クルィークにも、寄生生物達にも。無論、彼等に使われている鉄仮面の男達にも。シラベが、こうなることを承知の上で、何を想って、二人に手を差し出したのか、その意図を汲めなかった。

答え合わせの時間。一同の視線が自ずと集まる中――シラベは、決して自らの口で語るまいと思っていた真情を零した。


「…………悪かったな、リヴェル、クルィーク」


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