楽園のシラベ | ナノ


それは、星に飛来した巨大隕石に乗ってやってきた、宇宙からの外来種であった。

とても非力で矮小だが、彼等は卓越した頭脳と、他の生物の肉体を乗っ取る能力を有する、寄生生物であった。


何から生まれたのか、何処から来たのかは、彼等自身にすら分からない。
だが、種の存続と発展の為、より強く、優れた肉体を持つ他生物に寄生し、繁殖することこそ、自分達が生まれてきた意味だと。彼等は自我を持つと同時に、理解していた。

彼等が隕石に乗って星に来襲してきたのは、最初の選別なのだろう。
陸が燃え盛り、海が荒れ狂う中。生き残り、滅びた世界で進化を遂げる生物こそ、優れたるものだと。彼等は、星の命を篩に掛けていたのだろう。
きっと、祖先達もこうして、幾多の星に降り立っては選別と寄生と繁殖を、繰り返してきたのだろう。

誰に教わるでもなく、漠然と種のサイクルを感じながら、寄生生物達は、この星で理想の宿主の誕生を待つつもりだったが――彼等は、見付けてしまったのだ。

これまで祖先達が見たこともないであろう、強固な肉体と、とてつもない生命力を有した知的生命体を。
隕石の襲撃により滅ぼうとしていた星を調律する者達、《イニシエート》を。


「あんだけ発達していた文明も、自然災害の前には文字通り形無しだな」

「それでも、未だ生き残りがいるようですね。あれ程高度な文明を再び築くのは相当先のことになりそうですが……絶滅しない限り、また彼等の時代が訪れることでしょう」

「流石、母なる星(マザー)のお気に入りだな」


《イニシエート》は、星の意思によって生み出された分身。星が、自ら御しきれない程の大いなる力を律する為の存在である。

彼等は星から与えられた莫大な知恵と力を持ち、数は総勢十二名とごく少数だが、星に生きる生命体の中では、間違いなく最強であった。

しかし、彼等はその力を、他の支配の為に使うことはなく。また、《イニシエート》以外の生物と干渉することは無かった。

彼等は秘密裏に調律を行い、星が星として周り続けていく為に必要な手を施したり、生態系の変化や進化を観察したり。
そうやって密かに、かつ静かに、長い長い時を過ごしていた。

良く言えば、静穏。悪く言えば、退屈。そんな彼等の運命を狂わせたのが、件の隕石衝突と、寄生生物の来襲であった。


「う、うああああああああああああ!!!」

「シント!!」


火を吹く山や、荒ぶる海を鎮め、一段落ついたと安堵していた《イニシエート》。
その一人が寄生され、脳を喰われる痛みに狂い悶えたところから、崩壊は始まった。

星に生きる何よりも強く、優れ、その存在を知られることなく生きてきた。故に、敵など存在しなかった《イニシエート》にとって、初めての敵となり得るもの。それが、寄生生物であったのが、運の尽きであった。

どれだけ賢くとも、何者とも戦うことなく生きてきた、真の意味で無敵だった彼等に、隕石に乗って外敵が侵入してきたという考えも、自分達が他の生物に脅かされるという発想自体も浮かばず。
《イニシエート》達は、何が起きたのかも把握しきれぬ内に、次から次へと寄生され、間もなく壊滅させられた。


「素晴らしい! こんなにも強靭で頑丈な体を得られるだなんて!!」


こうして、星の中では最強の存在であった《イニシエート》は、外敵によってあっさりと陥落し。十二人中十人が、寄生生物に体を乗っ取られた。

一人は、女型の《イニシエート》。もう一人は、男型の《イニシエート》――シラベだった。


「嗚呼、本当に素晴らしい! この素晴らしい体を、子孫達にも与えてやらなければ」

「あまりに数が少ないのが惜しまれる」

「この種は、繁殖能力を有しているのだろうか」

「星の調律というのは、如何様にするものなのか」

「我々にも、星のエネルギーを操ることが出来るのか」

「これは研究する必要があるな」

「その為にサンプルを残しておいたのだろう」

「この体は、とても長く持つ。ゆっくりじっくり、彼等を調べ尽くしましょう」


二人は、敢えてそのままに、生かされていた。

僅か十二人しか存在しない《イニシエート》の研究の為。シラベ達はサンプルとして捕えられ、気が遠くなる程の時間、寄生生物達の被検体にされた。

毎日毎日、死なないよう、だが容赦のない実験を施され、あらゆるデータを取る為の道具として扱われ。寄生生物達が《イニシエート》という種を知り尽くすまでの間に、片割れは精神崩壊を起こしてしまった。

まともに話すどころか、自ら起き上がることさえ出来なくなった彼女をどうするかと、寄生生物達が議論し始めた頃。
ついにただ一人となってしまったシラベは、寄生生物達が建てた孤島の研究所から逃げ出した。


彼は、恐ろしかったのだ。

寄生されるか、精神が崩壊するか。何れにせよ、あのままあの場所にいれば必ず、自分自身が――シラベ・シャンバーラという存在が、失われる。奪われる。


それが、怖くて怖くて、仕方なくて。シラベは我武者羅に、一心不乱に、研究所から逃げ出した。

寄生生物達のビオトープと化した、新世代の世界に。何処まで行こうが、決して逃れることの出来ない運命と、叫ぶ心を抱えて。


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