楽園のシラベ | ナノ


全ては、荒野のど真ん中。彼女が、彼と出会ったところから始まった。


(乗れよ、リヴェル)


何処にあるのかも、実在するのかさえも分からなかった楽園、《アガルタ》。
そんな夢物語にも等しい存在に縋るしかなかった自分に、彼は手を差し伸べ、道を示してくれた。


(連れてってやるよ。お前の求める楽園まで)


向うべき方角も、目印も、終着点さえも見えず。一人、あまりに広過ぎる世界を彷徨っていた。
そんな絶望の暗闇に、一筋の光が射した時のことは、今も鮮明に覚えている。

視界が大きく拓け、細胞の一つ一つが歓喜に打ち震えているような高揚感。彼についていけば、奇跡だって掴めると、そう確信した日から早いもので数ヶ月。
思いがけず同行者が増えたり、予期せぬ再会をしたり、様々なものを見たり感じたり。そんな長い旅路を辿り、ついに一行は《アガルタ》前の、最後の村に到達した。


「うわぁ、海だぁ!」




キャラバンから降りるや否や、リヴェルはブーツを脱ぎ捨てて、駆け出して行った。

目の前に広がるは、白い砂浜と、透き通った海と晴天の青。
生まれも育ちも山奥の彼女が、初めて目にするその光景は、あまりにも美しくて、眩しくて。リヴェルは興奮で顔を赤らめながら、裸足で砂を蹴り、打ち寄せる波に戯れた。


「オイオイ、あんまりはしゃいで転ぶなよ」

「転んだっていいさ! こんな綺麗なとこで、はしゃぎ回らない方が勿体ねぇ!」


素足に触れる水と、砂の感触が気持ちいい。照り付ける陽の光も、温かくて心地よい。
リヴェルは、夢中になって駆けたり、海水を蹴り上げたり、跳んだり跳ねたり、回ったり。シラベの忠告も聞かずに大はしゃぎしている。

初めての海が嬉しいのも分かるが、せめて靴くらいは持って行けとシラベは溜め息を吐く。
その隣で、クルィークは手で庇を作り、眩いばかりの絶景に、嘆賞の声を上げた。


「ホント、綺麗なとこっすねぇ。確かに、此処なら楽園がすぐ近くにあってもおかしくないっす」

「うわ! なんだこの魚! すっげー色してるぞ! ほら!!」

「……だからって、あんなにテンション上げるこたねぇだろうに」


あのままでは、服まで水浸しになるのも時間の問題だろう。
それで村に入れる訳には行かないし、《アガルタ》直前で風邪など引かれたらとても困る。

シラベはやれやれと後頭部を掻くと、魚を手掴みで捕まえようするリヴェルを、早々に此方に引き戻すことにした。


「ヘイ、リヴェル! 海遊びもいいが、まずは宿屋だ! 昼飯だって食ってねぇんだし、一端上がって来い!!」

「えーーっ」

「続きは飯食って、着替えてからだ。早くしねぇと置いてくぞ」


そう言われて、リヴェルは渋々、魚を諦めて、海から上がった。

まずは宿屋にチェックインして、濡れてもいい服に着替えて、それから昼食。
その後は、海で存分に遊んでも構わないと言われたので、リヴェルは大人しくシラベについて行くことにした。


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