楽園のシラベ | ナノ


反論許さぬ勢いで、エルドフとビッグ・ジョーは一行の背中を押し、そそくさと、テント近くの林へと入って行った。

ある程度、村から距離を取ったところで、周囲に人がいないことを確認し、ほっと一息。
そこまでが、二人が主導権を握れていた時間で、その先、場を支配したのはシラベ達であった。


「一体全体、どういうつもりだ?」


地面の上に膝をつき、断頭台に掛けられた罪人の如く、シラベの前に跪くエルドフとビッグ・ジョー。

青褪めた二人の顔には、滝のような冷や汗が伝うが、それで容赦してやる理由は、生憎此方には無かった。


「人攫いの次は詐欺か。それとも、此処の村人騙くらかして、ダース売りでもするつもりだったのか? まぁ、どっちにしろ、お前らの計画は俺らが来た時点でおじゃん確定だがな」

「ま、待て待て!! 待ってくれ!!」

「昔のことは忘れて、一度話し合おうぜダンナ! アンタ、商人だろ? 商談、っつーことで一つ聞いてくれよ!!」

「俺は、凡そ何でも売り買いが、人の道理に背くものは扱わねぇ主義だ。つまり、お前らと話すことはねぇ。OK?」

「そう言わずに!!」


手を摺り合せ、「ダンナ」などと呼んで媚びてくるエルドフ達に、シラベはほぼほぼ聞く耳を持っておらず。
耳の穴を適当に指でほじりながら、今にも村人達に、使徒様などと嘯く小悪党二人の正体を暴露しようとしていた。

当然の対応だな、とリヴェルはヘコヘコ頭を垂れる二人を睨み付けた。

彼等は、かつてリヴェルを攫い、売り払おうとしたヒューマン・トレーダーだ。
何の目的があって、此処ドワノエにやって来て、どんな訳あって《銀の星》の使徒を名乗っているのかは知らないが、ろくな理由ではないだろう。
騙されている村人達に、今すぐ真実を伝え、今度こそこの二人を、然るべき場所に放り込んでやるべきだ。

態度こそ違えど、シラベもリヴェルもそう考えているのは、エルドフ達にも重々理解出来た。
かと言って、それで引き下がる訳にはいかないので、二人は必死になって、シラベ達の説得に励んだ。


「俺らが此処にいるのは、ドワノエの連中を売ったりする為じゃねぇ! ちょっとあいつらに、見付け出して欲しいモンがあるんだよ!」

「見付け出して欲しいモン?」


エルドフとビッグ・ジョーの話はこうだった。


ドワノエの村人達が働く、近くの鉱山。その奥には遺跡があり、二人の狙いは其処に眠る旧時代のキカイであった。

キカイは、旧時代の人類が造り出した物で、その殆どは動くこともないガラクタ同然の鉄クズなのだが、それを愛して止まないキカイコレクターというのが、世界各地に存在している。

エルドフとビッグ・ジョーは、ある金持ちのコレクターから依頼を受けて、遺跡に眠るキカイの発掘をしにドワノエまでやってきたのだという。


ところが、鉱山内部は非常に狭いおまけに、山は特別固い土で出来ている。

狭い道を進み、土を掘り、遺跡まで到達することが出来るのは、ドワノエの小人達くらいなのだ。

そこでエルドフ達は、自らを≪銀の星≫の使徒と名乗り、新たな奇跡を産む為にキカイが必要だと嘯いて、小人達を働かせている――というのが、二人が此処で、使徒様を演じている所以であった。


「見逃してくれるなら、報酬の半分をやる! 悪い話じゃねぇだろ?! 俺らはキカイを手に入れたら、すぐに戻るし、村人には何もしねぇ! だからこの通り!」

「頼むぜ、ダンナぁ!!」

「小悪党二人、見なかったフリをするだけで大金ゲット……なぁ」


経緯を聞きながら、途中わりとどうでもよくなって煙草を吹かしていたシラベは、紫煙を吐き出して肩を落とした。


エルドフ達が、嘘を吐いている様子はなかったし、ここでシラベを欺く胆力も、彼等には無いように思える。

二人が、ドワノエのような本当に小さな田舎村にいるのも、わざわざ使徒を名乗っているのも、金持ち相手に売るキカイが必要で、それを発掘してほしいが為というのは納得がいくし。
リヴェルの時のように、人攫いに来たという風にも見えない――というより、ドワノエでそんなことをする旨味が、二人には無かった。


小人族は、体は小さく、頭もあまり良くはないのだが、腕力に長ける新人類だ。

子供でも大木の一本担ぐことは出来る上に、それが集団になっているとあれば、たった二人でそれを襲うことは出来まい。
先刻シラベが言ったように、村人全員騙して、まとめて攫って売るつもりだったとしたら、使徒の噂が広がるまで滞在したりしないだろう。

よって、エルドフ達の言い分は真実であり、村人達に手を出す気がないというのも、本音であろう。

ならば、彼等の提案通り、此処で二人を見逃して、キカイコレクターからの報酬の半分に有り付いても、問題はない。
が、シラベはそれで頷いてはやらなかった。


「成る程、おいしい話ではある、が……駄目だな」

「そ、そんな」

「いいか。商売ってのは、金が動くだけじゃなく、金と一緒に、人か物が動かなきゃなんねぇんだ。よって、現状これは、商談には成り得ねぇ」


蒼白する二人に、シラベは敢えて、遠回りな言い方をして、自身の存慮を告げる。

しかと胸の奥にまで刻み付け、頭だけでなく、その身の全てを以てして理解出来るようにと。
シラベは、処刑宣告を待つ罪人のように座り込んだままの二人を指差し、そのまま連続でバシバシと、彼等の額を弾いた。


「だから、金と一緒に、お前らも動け。俺がお前らを見逃してやる話は、金とてめぇらの働き、この二つが揃わなきゃ成立しねぇぞ」

「……つーことは、つまり」


シラベの言いたいことの、一欠片程度は拾えたらしい。

赤くなった額を押さえつつ、エルドフとビッグ・ジョーが小さな期待を込めた眼差しを向ける中。シラベはにったりと口角を上げ、小気味よい笑みを浮かべた。


「さぁ、報酬半分と命が惜しけりゃ、働け畜生共。商売を始めるぜ」


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