楽園のシラベ | ナノ


パーキングエリア内には、ぽつぽつと人がいた。

長い道のりで疲弊した体を休めんと食事を摂る者、足りなくなった日用品や今後の食糧を買い足す者、備え付けの電話で何やら話し込んでいる者、長椅子で仮眠を取る者…。
何れも新人類ばかりで、帽子を被り直したリヴェルは、さて誰を相手にハイジャックを仕掛けるべきかと、選別に必死になっていた。

散弾銃こそ使い物にならなくなったが、ポケットの中には未だナイフがある。
これが通用する相手さえ見付かれば、未だチャンスはあると、リヴェルはあちこちに目配せし、ターゲット捜索に勤しんだ。

シラベにああ言われて、躍起になっているところもある。
アガルタを目指していると言っても、それを嘲弄せずにいてくれた彼に、半ば期待してしまった分。帰るべきだと言われた悔しさや、憎たらしさがあって。
とにもかくにも、次に進む為の足探しをせねばと、リヴェルがコーヒーハウスで買ったクッキーを一枚齧っていた時だった。


「君、一人なのかい?」


声をかけてきたのは、人の良さそうな顔をした新人類だった。
ピンと長く尖った耳に、薄紅色の肌。それ以外は旧人類とほぼ変わらぬ容姿の青年だ。

向こうで物販を見ている岩のような体をした大男や、鼾をかいている全身鱗に覆われた強面。
散弾銃を失った現状、彼等を相手にするのは無理だと項垂れていたところに、彼のような者に出会えるとは、リヴェルにとって思わぬ光明であった。

寧ろ焦るくらいのラッキー。ここでボロを出して、この好機を逃してはならないと、急く心臓を落ち着かせると、リヴェルは青年の問いに答えた。


「……ちょっと行きたいとこがあって、一人旅してんだ」

「一人旅? 今の世の中、何かと物騒だってのに……何処に行くつもりなんだい?」


善意に付け込むようで申し訳ない、と思いながらも、リヴェルは如何にも沈んだような顔と声を作った。

良心を捨てたその作戦に青年は見事引っかかり、何か事情があるのかと察したような顔をして、親身な態度で尋ねてくる。
後は、上手いこと車に乗せてもらうだけだと、リヴェルは頭をフル稼働させた。


「……行く宛ては、ない。ただ……出来るだけ遠くに行かなくちゃなんなくて…………」


我乍ら、狡猾な言葉が出たものだと、リヴェルは軽く俯いた。

具体的な行き先や方角を口にすれば、相手の進行方向と異なった場合、乗車を断られてしまう可能性が高い。
ハイジャックし、相手を脅し、アガルタが見付かるまで隷従するには、まず同乗させてもらわなければならない。
相手の向う先が何処でも、主導権を握れればこっちのものなのだから、これ以上となく適切な嘘だ。

リヴェルが己の小賢しさに項垂れると、それを複雑な事情を抱えている心労によるものだと感じたのだろう。
思い悩んだような顔をしてくれた心優しい青年は、実に真摯な声で「よし」と切り出した。


「君、もしよかったら、僕の車に少し乗っていかないか? これから取引先のある場所まで行くから、そこまでなら……」


掛かった。

千載一遇のチャンスをモノにしたリヴェルは、逸る気持ちを抑え、ゆっくりと顔を上げた。

此方を元気つけるようににっこりと微笑んだ青年。
嗚呼、自分はこれから、彼をナイフで脅すという罰当たりな真似をして、何処にあるかも分からぬ楽園を目指すのだと、リヴェルは眉を顰めながら、ぎこちなく笑い返した。

それが、親愛の証などではなく、獲物を捕らえたと確信した獣の笑みだと、気付きもせずに。
二人は青年のトラックへと向い――そこで、リヴェルの記憶は一度途絶えた。


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