カナリヤ・カラス | ナノ


その日、都の電波を盗んで受信しているテレビからは、いつもと変わらない朝のニュースが流れていた。本日、都の天気はからっとした青天。絶好の洗濯日和です――と女子アナウンサーが告げる中、朝食を終えた鴉の手により、テレビの電源は切られ、映像は途絶えた。だんまりを決め込んだテレビ画面には、これまたいつものように全身黒ずくめで佇む鴉が映るだけ。


「よし、行くかァ」

「……はい」


未だ眠そうに頭を掻く様も、厭味ったらしく間延びした喋り方も 何一つとして変わらない。適当な鼻歌を奏でつつブーツを履く彼の後ろで、照明を消しても尚明るい室内を見遣りながら、雛鳴子は成る程、今日は確かに洗濯日和かもしれない――と、小さな溜め息を吐いた。


きっと、彼女が洗濯物に手をつける頃には陽が沈み、いつも薄暗いゴミ町をも照らすこの晴れ模様も、明日には変わっているだろう。そして灰色掛かった空の下、これから盛大に汚れるだろう服を干している自分の姿を想像し、雛鳴子がもう一つおまけに溜め息を吐き出すと、ブーツを履き終えた鴉が玄関の引き戸を開けた。

差し込む陽射しは、此方を嘲笑うかのように眩しい。この快晴の下、これから赴く場所を思い描き、重く圧し掛かる気怠さに眼を細めると、きしっとした笑い声が耳を打つ。


「絶好の死体狩り日和だなぁ。テンション上がっちゃうぜ」


――人肉を求めて砂漠から動く死体が湧いて来るというのに、何が洗濯日和か。

能天気なアナウンサーに胸中で毒づきながら、靴を履き終えた雛鳴子は鴉に続いて外へ出た。鬱然とするほど晴れ渡った空の青。それすら憎たらしくなるような、そんな晴れ模様だった。





「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」


何処も彼処も、凡そ何かが犇き積み重なっているゴミ町の中では珍しい、忽然と開けた広場。其処には、見知った顔が多く揃っていた。

右も左も、ゴミ町で生きる無法者達。その何れもが、綺麗に組織ごとに分かれて並び、同じ方向へ顔を向けているというのは何とも不気味な光景だが、皆一つの目的の為に集まっているのだ。最低限の統率は取れて然るべきだろうと、雛鳴子は小さく嘆息した。秩序も規則も蹴り飛ばすような連中が、今この時だけでも大人しく纏まっている事は、寧ろ喜ばしく思うべきだ。そんな事を思いながら、雛鳴子はその荒くれ共の前に立ち、拡声器片手に丁寧な挨拶をしているスーツ姿の少年を見た。黒丸だ。


「間もなく、本年度”デッドダックハント”を開催致します。概ね例年通りではございますが、不肖ながら私・黒丸が、改めましてルールについてご説明させていただきます」


見た目からして粗暴な格好をしたゴミ町住民達の中で、全員スーツ姿で揃えた月の会は何処か異質だが、その中でも、黒丸は殊更異質に見えるのは、彼の無機質的な佇まいや、中性的な顔立ちが作用している為か。彼の声を聞いていると、大手の企業説明会にでも参加しているかのような気分になる。実際そうであったなら、と段々不毛になってきた雛鳴子は、小さく肩を落とした。


「”デッドダックハント”は本日午前九時から、夕方五時までの間、先日の町内会で決定した各持ち場にてコープスワームが寄生した死体を狩る。これが基本事項となっております。次に禁則事項ですが……例年通り、他組織の持ち場での狩り、並びに他組織が狩った死体の強奪は禁止となっております。しかし本年度は、持ち場の一部共有制度が施行されております為、各共有地でのみ、二つの組織が狩りをする事が許されております。共有地に於いては『獲物の息の根を止めた側』に死体を持ち帰る権利が与えられますが、交渉による譲渡も許可致しております。閉会式の後に執り行われます品評会に出品する死体を、より良い物にする為、是非この新制度を有効に御活用下さいませ」


辺りを見渡せば、物騒な武器を携えたゴミ町住人達が、今か今かと色めき立っているのが窺えた。

今この場で戦争が始まってもおかしくないような光景だが、これから彼等が殺すのは、死体だ。もう既に死んでいるものを再殺する為、彼らは武器を手に取って、集まっている。やはり、異常だ。今更ながら、この町はやはり狂っている。そんな事を考えているのも、この場では雛鳴子と――あとは精々、一人か二人程度だろう。開幕の瞬間を心待ちにしているこの町の人間達は、より一層値の張る死体を求め、虐殺の限りを尽くす事しか考えていないのだから。


「それではこれより、”デッドダックハント”を開催いたします。くれぐれも自分が品評会に出されぬよう……お気を付けくださいませ」

「「「おぉおおおおおおお!!」」」


流れるような動作で黒丸が頭を下げると、歓喜と興奮に戦慄く雄叫びが町を震わせ、その場に狂気めいた熱気が立ち込めた。

温度を持たない筈の歓声が、肌を焼くように熱い。この蒸し殺されそうなまでの熱狂が、まるで燦々と照り付ける太陽への冒涜のようだと、雛鳴子はそんな事を思った。


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